本当の話はどこで聞けるのか

日本はなぜ戦争に敗けたのか

要らない書物を整理しようとして、『文藝春秋』2005年11月号の特集「日本敗れたり あの戦争になぜ負けたのか」を見つけ、捨てる前に読み返してみた。半藤一利、保坂正康、中西輝政福田和也加藤陽子、戸髙一成といふ面々の座談会である。*1

  1. 対米戦争の目的な何だったのか
  2. ヒトラーとの同盟は昭和史の謎
  3. 開明派・海軍が持つ致命的欠点
  4. 陸軍エリートはどこで間違えた
  5. 大元帥陛下・昭和天皇の孤独
  6. 新聞も国民も戦争に熱狂した
  7. 真珠湾の罠 大戦略なき戦い
  8. 特攻、玉砕、零戦戦艦大和

といふ9つのテーマについて語り合はれてゐるが、いろいろな観点からの指摘があつて興味深い。三国同盟にはドイツ側からの強い働き掛けがあつた、とか、日本陸軍には共産主義者がゐた、とか、西南の役で海軍の担ひ手であつた薩摩閥の力が弱まり「陸主海従」となつて海軍は陸軍に吸収されることを恐れてゐた、とか、昭和十年代の軍人は同時代の政治家に較べると識見が高かつた、とか、日本の潜水艦が活躍しなかつたのは海軍の人事の問題だ、とか、日本兵の大反乱が起きなかつたのは国民が対米英戦を「自存自衛」の戦ひだと理解してゐたからだ、とか。

かうした専門家の話し合ひを読んでゐると、現実は多様で、「あの戦争になぜ負けたのか」といふ表題で掲げられた問ひへの答へは何だか分からなくなる。加藤氏は「敗戦の理由ということでいいますと、まあ敗けるべき戦争を始めてしまったことに尽きますが、日本の場合は、日露戦争の影響が強すぎたんじゃないかと思います。」と言つてゐる。

歴史における「原因」とは

「敗けるべき戦争を始めてしまったこと」といふのでは、殆ど理由になつてゐないやうにも思はれるが、そもそも、「理由」とか「原因」とかいふ言葉が何を指してゐるのかを、きちんと考へて置くことが大切だらう。何か出来事があると、それには必ず原因があるはずだ、人はさう考へる。しかし、原因は本当にあるのか。どうすれば何が真の原因だと分かるのか。

「原因」は、山や川のやうに自然に在るものではない。人が行動の便宜のために考へ出したものだ。だから、誰が何をしようとして物事を見るかによつて、様々な「原因」があり得る。「原因」をさぐるのは、戦争の例で言へば、戦争を起こさないため、負けないためなどの目指すところがあるからで、その「原因」を消し去れば、戦争が起きない、戦争に負けないといふ結果が得られることが期待されてゐる。(敵対国の混乱を狙ふ人達にとつては、どうすれば戦争が起こせるかといふ問題意識から、戦争の原因を考へることもあるだらうが。)

この「原因」を探して望ましくない結果を招かないやうにするといふ作業が成り立つには、「原因」の数が余り多くなく、人の力で「原因」を無くせることが必要だ。例へば火事。火事の原因は一つではない。火の不始末が原因だとすれば、火の用心を呼びかける。漏電が原因だとすれば、漏電遮断器を付ける。落雷が原因だとすれば、避雷針を付ける。放火を防ぐには、厳しい刑罰を科して抑止したり見回りをしたりする。かうした作業を繰り返し行へば、火事は確かに減らすことが出来る。

ウイルスの変異を防ぐことはどうか。変異は遺伝子の一部が変はることで起きる。遺伝子の一部が変はるのは、ウイルス自体の内部的な理由によるウイルス複製の際の小さな失敗や放射線などの外部からの刺激が原因だらう。さうした様々な「原因」を人間が無くすことはできない。変異したウイルスに対応するワクチンや治療薬を作るといふ事後的な対応をするか、ウイルスを根絶して変異できなくするか、といふことになる。

戦争のやうな規模が大きく複雑な現象になると、その「原因」を絞り込むのは難しくなる。仮に「敗けるべき戦争を始めてしまったこと」が原因だとして、なぜそのやうな戦争を始めたのか、といふ「原因の原因」が問はれることになり、問題は広がつて行く。日露戦争による驕り、国内政治の腐敗による軍部の台頭、ABCD包囲網による経済的な困窮など、様々な要因を挙げることができるだらう。

かうした複雑な現象についての原因を考へることで、新たな戦争を防止できるかどうかは、分からない。原因は一つではないし、それが人の力で制御できるといふ保証もないのだから。また、時代が変はれば周囲の状況も異なる。

他方で、歴史を漫然と眺めてゐても、複雑な動きに目が眩むばかりで、その姿を捉へることはできない。何らかの問題意識を持ち、その観点から見ることで、歴史について語ることができるやうになる。歴史における「原因」とは、さうした一定の視点に基づく、頭の整理のための道具なのだと言ふべきだらう。

本当の原因を知るには

歴史における原因が上に書いたやうなものだとして、日本があの戦争に負けた本当の原因は何だらうか。その答へは一つではないし、観点によつて異なることは既に述べた。大切なのは、事実に即して、重要な原因と考へられるものを漏れなく数へあげることだ。そのためには、『文藝春秋』の座談会のやうに、異なる分野の専門家が集まつて意見を交はすことが欠かせない作業となる。さうした意見交換を行ふための場が必要になる。

「事実に即して」と書いたが、何が事実かを決めることも、必ずしも容易ではない。フェイクニュースの時代には、意図的に事実を歪めようとする人達が暗躍する。例外的な事実を強調して、全体の印象を変へるといふのも、よく見られる手法だ。

テレビの党首討論が詰まらない、見てゐても役に立たないのは、出席者が票を集めるといふ目的だけを考へてゐて、視聴者の印象を自分に有利なものにするために、断片的な「事実」を並べるからだ。上記の座談会で、戦争ほど新聞が儲かるときはないので、朝日新聞毎日新聞(当時は東京日日)が報道合戦をした、といふ事実が指摘されてゐるやうに、報道機関にも弱点がある。

何が重要な事実なのかを、バランスよく列挙するためには、票だとか視聴率だとかいつた目先の目的に囚はれないで語りあふ場が必要なのだ。時には自分の誤りも素直に認めながら、それぞれの専門的な知識に基づいて、意見を交はすことができる場だ。*2

新しい試みの例

さうした場を作る新しい試みも、出てきてゐる。東浩紀氏が創業したゲンロンが運営してゐるシラスもその一つだ。視聴回数に応じて宣伝費が手に入るYoutubeでは、どうしても数を稼ぐための内容になる。シラスは、有料にすることで、数はすくなくても質の高い視聴者を集めようとしてゐる。

トイ人も、興味深い試みだ。これは今のところ意見交換の場ではなく、学問の成果を普及させるための試みだが、クラウドファンディングによつて資金を集め、「アカデミックSNS」を作らうとしてゐる(詳細はこちら)。

インターネットといふ便利な道具で、情報の発信に必要なコストは殆どゼロになつたが、その結果、ネットを流れる「情報」の質は低下し、フェイクニュースのやうに、人を正しく導くのではなく道を誤らせるために流される「情報」まで出て来たのが現状だ。

この状況が、シラスやトイ人のやうな新しい試みによつて変へられ、インターネットが人々にとつて本当に有益な道具へと発展することを期待したい。

 

*1:この座談会は2006年に文春新書になつてゐる。第一部に座談会の記録が、第二部に出席者の「あの戦争に思うこと」が載せられてゐる。

*2:そもそも事実とか真実は、一人で決めるものではない。アインシュタイン相対性理論を考へ出したやうに、科学の世界では、一人の力で新しい真実が見いだされると見える。しかし、仮に、アインシュタインの主張を裏付ける実験ができなかつたとすれば、誰が彼の説を信じただらうか。たとへ信じる人があつたとしても、それで彼の説は真実になつたと言へるだらうか。

真実といふのは社会で共有されて初めて真実になると考へるべきだらう。一人だけの真実といふものもあり得るが、それはあくまでも個人的なものに過ぎない。社会的に意味を持つ真実は、共有されなければ成り立たない。それを裏付けるための作業がなければ、真実にはならない。仮に、たつた一人しか理解できない説が正しいものだとしても、それだけでは社会は動かせない。社会的には存在しないのと同じなのだ。

民主主義の衰退

コロナウイルスへの対応や、アフガニスタン撤退での米国の失態を、中国が民主主義の失敗と宣伝してゐる。確かに、どちらも余り褒められたものではない。民主主義がうまく動いてゐないと見えるのは何故だらうか。

東西冷戦の時代にも、民主主義の弱さが指摘されることはあつた。民主主義では異論が許されるので挙国一致にはなり難い、選挙があつて国民に不人気な政策は長く続けられない、といつた点だ。持久戦となる厳しい戦ひでは、国民の我慢が続かない。

しかし、最近の民主主義諸国の政治の劣化には、さうした民主主義の基本的な問題点を更に悪化させる要因があるやうに思はれる。指導者層の劣化とSNSによる流言飛語がそれではないだらうか。

指導者層の劣化

リーマンショックは、指導者層の劣化を痛感する事件だつた。米国の金融界は、establishmentそのもので、好き嫌ひは別として、単なる政治力、経済力だけではなく、しつかりとした見識を持つてゐる、さう私は思つてゐた。自分達の利益を守るためであるにせよ、世界的な視野で長期的な戦略を持つてゐると信じてゐた。それが世界の秩序を保つのに役立つと考へてゐた。その米国金融界が、サブプライムローンといふ、殆ど詐欺のやうな仕組みのために、大きな打撃を受けたのだ。旧来の指導層が、数学を駆使する新しい金融商品を理解できなかつたといふ面もあるだらうが、とにかく売上を伸ばしたいといふ欲のために、金を返す力が無い人達に貸し込むと何が起きるかといふ単純な事実が見えなくなつてゐたとしか思へない。自分の事、目先の事しか考へられなくなつてゐたのだ。

政治も、子供の方のブッシュ氏が大統領になつた頃から、怪しくなつた。それ以前も、米国の政治が完璧であつたのではない。マッカーシズムベトナム戦争ウォーターゲート事件などの出来事に見られるやうに、多くの問題を抱へてゐた。それでも、(好き嫌ひは別として)西側の指導者としての自覚と責任感があつたのではないだらうか。それが、冷戦に勝ち、一強となつたことによつて、驕(おご)りや緩みが出て来た。人種間の格差が根強く残る一方で、Affirmative Actionに対する貧しい白人層の反発が強まるなど、内政の問題もあつて、内向きになつた。

アフガニスタンへの介入も、長期的な見通しや冷静な分析があつて行はれたものとは見えない。軍事力、経済力で抑へ込める、といふ驕り、長い歴史を持つ地域についての無理解など、要するに真面目に考へてゐないやうに見える。自分の事しか考へてゐない。トランプ氏の「米国第一」といふ宣伝文句は、さうした米国の「本音」をあからさまに口に出したに過ぎない。

以上、米国の例を述べたが、日本でも指導者の劣化は明白だ。これについては、以前にも少し書いたことがあるので、省略。米国にしても、日本にしても、指導者としての責任とか歴史的な評価といつた大きな問題は気に掛けず、目の前の自分の欲求を満たせば良いといふ虚無主義が背景にあるのではないかと思はれる。

SNSの流言飛語

他方で、民衆の知恵も高まることはなかつた。民主主義の弱点は「衆愚政治」に陥り易いといふ点にあるが、SNSの影響で、人々が物事をしつかりと考へず、短絡的に反応する傾向が強くなつたと思はれる。

歴史を顧みると、ナチズムや戦前日本の軍国主義が台頭したのは、ラジオや映画などの手段によつて大衆を動かせるやうになつた時代だつた。宣伝は全体主義の大きな武器だつた。SNSといふ新たな宣伝手段の出現は、民主主義にとつて新たな脅威となると見るべきだらう。

SNSが、特定の主体によつて宣伝の道具として使はれてゐることは疑ひない。ロシアが米国の大統領選挙に影響を及ぼさうとしたといふのは、その一例だ。しかし、SNSを使つた宣伝は、主体が表に出て来ないことが多い。ロシア政府は、介入の事実を否定してゐる。インターネットの匿名性が、悪用されてゐるのだ。

SNSを流れる情報は、品質管理がなされてゐないといふ問題もある。自称専門家が発信した情報も多いが、どこまで信用できるものか、判断は難しい。情報発信が限られた人達にしかできなかつた時代には、情報の中身について、ある程度の品質管理が行はれてゐた。情報発信の費用をコマーシャルのスポンサーが負担するにせよ、公共放送のやうに税金などで賄ふにせよ、費用負担者の立場から、一定の信用を保つことが必要だつたからだ。SNSで流される「情報」には、かうした品質管理は行はれてゐない。

それだけでなく、発信者の特定が難しいといふ事情を利用して、匿名サイトから偽の情報を意図的に流すなどの、新しい詐欺が次々に出現してゐる。AI技術などを悪用して、偽のアカウントを大量に作り、情報操作のためのコメントを流すことも可能になつた。

さらに、人々が眼にする「情報」が溢れることで、物を考へることができなくなるといふ事態も生じてゐる。報道機関によるニュースを転送してゐるものでも、元の記事を読む人は多くないだらう。記事につけられた見出しから、偏つた印象を持つこともある。何しろ、流れて来る情報は増えるばかりなのに時間は限られてゐるので、取り敢へず、自分なりに整理して行くしかないのが実情だ。

 民主主義の良さ

それでも、中国やロシアの体制の方が望ましいと考へる日本人は少ないだらう。民主主義には、自分たちのことは自分で決める自由があり、異なる意見の尊重による多様性がある。中国の共産党一党支配やロシアのプーチン氏による独裁は、人権を無視するだけでなく、事実を消し、歪めるといふ悪を内蔵してゐる。支配者の行ひを検証する仕組みを持たず、異論を認めない。

民主主義の衰退を防ぐためには、かうした民主主義の良さを再確認するとともに、それを守るための努力が必要になるだらう。特に、事実をつかむといふ作業を怠らないことが大切だと思はれる。

報道機関の責任は大きい。政府の発表やSNSで流れてゐる「情報」を右から左に流すだけでは、その責任を果たしたことにはならない。批判的に評価し、検証すること。長期的な視点から見ること。個々の国民では難しいさうした作業を行ひ、その成果を共有することこそ、報道機関の役割だ。

大学などの研究機関の役割も重要になるだらう。知識の多様化、専門化が進んでゐるので、報道機関がすべての検証作業を行ふことは現実的ではない。学界などの仲間内での発表だけでなく、社会的に影響が大きいと思はれる事柄については、積極的に一般向けの広報を行ふべきだらう。

「事実」はあるのか

世の中には、事実といふものは存在せず、全ては権力を握つた者とこれに対抗する者による宣伝であるといふ考へ方もある。「勝てば官軍」、歴史は勝者の創つたお話だ、といふ見方だ。

事実が空から降つて来るものではないことは、間違ひない。現実の世界は限りなく複雑で、事実として何かを語ることは、特定の視点から語ること、語られるのは一面的な事実であることを意味する。しかし、さうした一面的な事実を集めることで、「語り」をより確かなものにすることはできる。

この観点からすれば、気に入らない学者は学術会議から締め出すとか、都合の悪い文書は存在しないことにするといつた今の政権の姿勢は、民主主義の根幹を自ら腐らせるものだと言へるだらう。事実を曲げ、都合の良い事しか示さないといふのでは、中国やロシアと選ぶところがないではないか。選挙に勝たなければ自らの政策を実現できないのは事実だとしても、政権を維持するためには手段を択ばない、選挙に勝ちさへすれば良い、といふのは民主主義ではない。

現実の世界といふものは確かにあり、そこには私達の好むと好まざるとに関はらず、曲げられない法則がある。コロナウイルスに感染すれば一定の死者が出るし、ウイルスは変異を止めない。さうした事実をfake newsだと無視すれば、何が起きるかは、米国が高い代償を払つて見せて呉れたところだ。

物の世界と人の世界

アラン(1868-1951)の1913年1月10日付のプロポ。

人の性格は互ひに異なる二種類の経験によつて形作られる。物の世界と人の世界といふ二つの世界があるからだ。自分の持物を相手に働く農夫は、多くの物に頼り、人には殆ど頼らない。逆に、長官、副知事、ネクタイ屋、物書きは、物には殆ど頼らず、多く人々に頼る。政治家は他の誰よりも人々に頼る。似たやうな定めを持つのは、役者くらゐだらう。ここから、全く異なる人柄が形づくられ、考への向く先が別になる。ここで考へと言ふのは、実際に考へてゐることで、学校で学んだ言葉ではない。私がこんな事を思つたのは、蹄鉄を打つ村の鍛冶屋を見てゐた時だつた。良い顔、礼儀、お世辞、そしてどんな形の祈りを以つてしても、槌の一振りでも省くことはできない。知識にも打ち方にも多い少いはあるが、駆引きは無しだ。彼の鉄は、彼が作つたままだ。鉄が良いものだとすれば、彼は認められる。彼の運命は彼自身、その眼、その腕に多く依存する。その才能を言ひ争ふ余地はない。自分の嘘や他人の嘘は何にもならないだらう。友情や憎しみでも大して変はらない。仕事柄、信心深くはない。他の人とは違ふのが、彼の強みだ。物の世界の法に従ふこと、これが彼の分別だ。槌を打つことで考へる。それで上手く考へてゐるのだ。私達が科学と呼ぶものは、全て、物への働きかけだけを前提としてゐる。数学者もこちら側だ。数も形も、祈りを相手にはしないのだから。
しかし、人を動かすには祈りしかない。気に入られなければならない。諂(へつら)はねばならない。人々と同じやうに語り、同じやうに考へねばならない。要するに他人に似ることだ。役者は観客を真似る。弁護士は始めに訴訟人を、次いで裁判官を真似る。私は「裁判官が跛ならば足を引きずることを学べ」といふ中国風の諺を考へ出す。演説家は聴衆のさわぐ心に合はせる。だからプラトンは、弁論術は、料理のやうに、一種の諂ひだと言つてゐた。仕事が人を形作る。時計を直したいのなら、うまく行くかは私次第だ。私は全ての注意力を注ぐ。私の考へは、全て外に出てゐる。この鉄や銅の部品には、さわぐ心も悪意も無く、それぞれの形に従つて押し合ふだけなのだから。しかし、銀行家の仕事をしたり、起業するのならば、この種の見方は適さなくなる。逆に、如才なさ、礼儀、感情を表さないこと、だ。見る眼よりも人の気に入る眼だ。信じれば山も動く、と言へるのはこの時だ。信念は感染(うつ)るからだ。信念は人を動かすのだ。問題は何かを為さうとすることよりも、願ふことなのだ。即興が決まりだ。何を言へば良いのか、予測できないのだから。そして、効果はいつも不確かなのだ。そこから、運命論による怠けや、哀れむべき考へ方、子供の理屈、そして驚くべき成功が出て来る。しかし、職人は、立派な者もさうでない者も、統べることを知らない。人間的な事柄の性質上、職人が栗を拾ひ、食べるのは喜劇役者だ。

 このプロポを読むと、この国の文系と理系といふ問題を思ふ。文系は人の世界に住んでをり、理系は物を相手にしてゐる。アランの言ふやうに、仕事によつて異なる物の見方を身につけるやうになるのは自然なことだが、両者を繋ぐ共通の教養といつたものも必要だと思ふ。

コロナ禍への日本政府の対応を見てゐると、政治家と専門家の意思疎通がうまく行つてゐないと感じる。政治家は、物の世界の論理が分かつてゐないのではないか。「為せば成る」、全力で取り組めば出来ないことは無い、といふ考へ方をしてゐるやうに見える。うまく行かないのは、言ふことを聞かない奴がゐるからだと思つてゐるのではないか。しかし、残念ながら物の世界には、どんなに頑張つても無理なことがあるのだ。ウイルスとはどのやうなものか、感染を防ぐには何が必要か、といつた事柄について、全く知識が無いのでは、政策を考へることなど出来ないだらう。人を動かすのが政治家の仕事だが、ただ「頑張れ」と言ふだけではなく、基本的な方針を示さなければ、大きな組織は動かない。

専門家の方も、事実を述べるだけでは済まない人の世界について、理解が不足してゐる場合もあつたのではないか。そもそも、新しい事態を前に、断言が難しいことも多いだらう。政治家が明確な発言をしないので、心ならずも発言せざるを得ない場面もあつたやうに見える。自分達の発言に対する社会の(とは言つてもSNSといふ限られた社会かも知れないが)反応に驚くこともあつただらう。

文系の物の世界に対する理解の不足は、この国の情報通信技術の立ち遅れの一因になつてゐるし、他方で、人の世界についての無理解が、理系の総理大臣の突飛な言動を生んでゐるやうに思はれる。

専門化が進んで知識量が爆発的に増える現代では、知らない事が多いのは当たり前だ。その中で、社会的な意思決定をどのやうに行ふか、その基礎となる共通の教養をどう育てるか、が問はれてゐる。

人の世界についての教養は、例へば社会科教育のあり方の問題になるが、既存の制度がどのやうなものかを教へるよりも、「何故」を教へることが大切ではないだらうか。日本人に制度設計の意識が乏しいのは、様々な制度の良し悪しを比較するといつた訓練が足らないからだといふ気がする。

 

在るものと在るべきもの

アラン(1868-1951)が1912年12月2日に書いたプロポ。

最後には信仰といふものが分かるだらう。それで神学論争は終はる。この道を照らすのが偉大なカントの著作だ。しかし彼の著書に読者は尻込みする。それは無理もない所だ。仕事や趣味でカントを読む人達は、理解するよりも批判しようとする。苦労した分を何とか小さな勝利で取り返さうとするのだ。
私の意見では、カントの中心的な考へは以下のやうなものだ。物事には二つの秩序がある。在る秩序と人が志すので成る秩序だ。在るものの象徴は、私達の頭上の星が輝く空だ。在るものを発明することはできない。認めなければいけない。志すのではなく、頭を下げなければいけない。広大な世界に向かつて議論するのではなく、自分に向かつて議論せねばならない。例へば、外にあるものが現実のものかといふ子供じみた議論はしない。それ以外に現実は無いのだから。そこに身を置いて、しつかりと記述し、測る。概念を用ゐて経験に秩序を与へる。経験を置き換へるのではない。神が在るかを探ることはしない。それは世界が良いのか悪いのかと自問することになる。世界は良くも悪くもなく、在るのだ。だから、ここでは信じるのではなく知るのだ。希みも絶望も持たず、小さな嘘も大きな嘘も無しで、必然性を見つめること、これが理論的な叡智だ。正義が在ると言ふ人達は嘘つきか、もつとよくあるのは、心が弱くて、知ることだけが問題なのに信じようとする人達だ。
正義は存在するのではない。正義が属するのは、無いからこそ作らなければいけないものの秩序だ。正義は、人が為せば成る。これが人間の問題だ。
ここで顕微鏡や望遠鏡の焦点を合はせようとしないやうに。正義が見つかることはない。正義は無い。諸君が志せば成るのだ。認めることや見つめることしか知らない人は、かう応じるだらう。「私もそれを志したい。しかし、既に在るのでなけれは、どうして在ることが可能になるのか。この世界では、そこに含まれてゐるものしか現れない。だから私は正義を志すのではなく、探すのだ」と。しかし、それでは二つの秩序を混同することになる。私は、正義が成るかどうか知らない。まだ無いものは知る対象ではないからだ。しかし、私はそれを志さなければいけない。それが人の仕事だ。それに、信じないでどうして志すことができるだらうか。それでは、志す振りをして心の底では「私が志しても何も変はらない」と言ふことになるだらう。勿論、君が志すといふのがそんな調子なのならば、君の言ふ通りだ。正義は成らないだらう。私は正義は成ると信じなければいけない。これが、神学の雲をつかむ議論からやうやく自由になつた信仰の対象だ。 
人々が、信じなければいけない、信じることは人の一番の義務だ、と主張する時、全く誤つてゐる訳ではないのが分かる。ただ、彼らは何か在るものを信じようとしたのだ。信じるべき対象は、無いもの、だが在るべきもの、志すことで成るもの、なのに。だから信じるといふのは、結局、自らの志を信じることになる。これをオーギュスト・コントは、存在する唯一の神は人間であり、摂理とは人々の合理的な志に他ならない、と彼流に言ひ表した。バレス*1は教会に関して本当の言葉を見出すことはないだらう。彼は信じてゐないからだ。

この頃のプロポは、 Dépêche de Rouenといふ地方の新聞に連載されたコラム記事だつた。読者としては一般の人々が想定されてゐる。

カントは、プラトンデカルトと並んで、アランが愛読した哲学者だつた。日本でも、「デカンショ節」のデカンショデカルト・カント・ショーペンハウエルの略であるといふ説もあるやうに、大正時代や昭和の初めには、学生は一度は手に取つてみる本とされてゐた*2

アランは、オーギュスト・コント(1798-1857)の「存在する唯一の神は人間(Humanité)だ」といふ言葉を引いてゐることからも伺はれるやうに、人間中心の合理主義的な考へを持つてゐた。人間の意向とは関はりなく存在してゐる物の世界とは別に、人間が自らの意志で創り上げる世界があると考へてゐた。

文中で、在るものの象徴として挙げられてゐる「私達の頭上の星空」は、言ふまでもなくカントの『実践理性批判』に出て来る次の有名な一節を踏まへたものだ。

それを考えること屡々にしてかつ長ければ長いほど益々新たにしてかつ増大してくる感嘆と崇敬とをもって心を充たすものが二つある。それはわが上なる星の輝く空とわが内なる道徳的法則とである。(波多野精一、宮本和吉訳 岩波文庫版225頁。フォントの関係で一部表記が異なる。)

 近代の物理学は天文学から始まつたとも言へるのだが、ニュートン力学はカントにとつて常に正しい知識の典型例だつた。どうして人間にそのやうな絶対的な知識を得ることができるのか、といふ問ひが『純粋理性批判』の出発点だつたが、そのニュートン力学の自然観は、相対性理論量子力学によつて大きな修正を迫られた。合理主義も、精神分析や解釈学によつて、その根拠が脅かされてゐる。

とは言へ、私達の好むと好まざるとに関はらず厳然と存在してゐる世界と、私達が築き上げることができる世界、私達の意志が無ければ成り立たず、すぐに崩れてしまふ世界とを区別するといふものの見方は、今でも有効なものではないだらうか。

 

*1:フランスの政治家で、フランス国粋主義の中心的な人物だつたモーリス・バレス(1862-1923)を指すと思はれる。

*2:1926(大正15)年生まれの渡邉恒雄氏は、哲学科の出身といふこともあるだらうが、出征の際に『実践理性批判』を持つて行つたとインタビューで語つてゐた。

あるがままの自分とは

久しぶりにアラン(1868-1951)のプロポから(1912年11月18日付け)。

昨日、面白い理窟を読んだ。「率直でなければならない。これが最初の義務だ。誰でも自分のあるがままを見せねばならない。そして第一に、自分のあるがままを知らねばならぬ。一人の女に欲情を抱く。私は先づ、目を背けることなく、自らそれを認め、それから他の人達に対してもそれを告白せねばならない。もし逆に、例へば他のものに考へを逸らすことで、それを自分自身に隠すとしたら、私は自らの目の前で偽善者となり、徳を演じる喜劇役者となる。この麗しい方法によれば、誰も自分自身ではなくなる。誰も他人に自分のあるがままを見せなくなる。かうして、最初の徳が他の徳目をすべて殺すこと、道徳が道徳を壊すことがわかる。善い行ひといふのは、結局、どれもが恐れ、偽善、礼儀から来る。例へば良い人になりたいと思ふ。しかし、それは私が良い人ではないことを示してをり、私の善良さは他の人達を欺くための仮面でしかないことを示すのである。」

この理屈は、あの人達が心理学と呼ぶものをうまく定義してゐる。あるがままの自分自身を見つめる努力だ。しかし、それは不可能だ。何故なら、最初に自分をあるがままに捉へ、何も変へようとしてはならないからだ。もしそれが出来たら、心理学者はある種の怪物になるだらう。人の性格の根本は、騒ぐ心を飼ひ馴らす心の統制なのだから。統制に強弱があるのは、その通りだ。しかし、子供じみた怒りの動きや、適切とは言へない欲望、自分でも恥づかしい妬み心を抑へようとしない人はゐない。この統制の働きを投げ棄てる人は、狂つてゐる。絶対に自分に正直であらうといふ考へから、この働きを一時止めようと努める人は、自分自身を変へ、酷く傷つけることとなり、従つて全然正直でも、まじめな観察者でもなくなる。告白といふ慣習は、この危険な空論を実行に移してゐて、ほとんど火に油を注ぐやうに、迷ふ心をでつち上げた罪に向けて放り出してゐた。

例を挙げよう。ある人が自分の中に、戦争のための戦争を愛する心があると気づく。健全な道徳によれば、この動きは理性と意志によつてすぐに消される。しかし、もしあなたが、対象物を科学的に観察しようといふ欲望の支配に身を任せると、それが生き延びるのを許し、あなたは好戦的になる。自分の性質や性格を受け入れることで、あなたは満足するかも知れない。だが、あなたは大事なことを忘れてゐる。要するに、人の本質は自分を変へるための努力にあるといふことだ。「私はこの怒りや興奮の動きを乗り越えることができない」と、あなたは言ふ。「この悲しみや憎しみには勝てない。独自の法則に従つて大きくなるのだから。」これは全くの事実だ、もし、それが事実であることを容認すれば。否定すれば、事実ではなくなる。ここが、私の性格が木片や鉛の玉のやうな物の性質とは異なるところだ。物はあるがままに受け入れる他はない。他方で、あるがままの私を受け入れるといふのは、自分ではないものを自分と捉へるといふことだ。卑怯者の詭弁である。

翻訳が拙いので、アランの言ひたいことがうまく伝はるかどうか分からないが、別の言葉で言へば、人間の性格とは既に決められてあるものではなく、自ら選び取るものだ、といふことになるだらう。自分とは「ある」ものではなく「なる」ものなのだ。「自分はどんな人間なのか」といふ問ひは、「自分はどこに行きたいのか」といふ問ひと似てゐる。

 アラン自身が「統制に強弱があるのは、その通りだ。」と認めてゐるやうに、意志の力で全てが変へられる訳ではない。生まれ持つた気質といふものは確かにある。しかし、何が変へられ、何は変へられないのかを予め知ることはできない。変へる努力をしてみる他に、知る術はない。

これは現実の姿(sein存在)とあるべき姿(sollen当為)との違ひを区別する、といふ問題だとも言へるだらう。人は、あるべき姿を考へることができる。それは、人が選ぶ力を持つてゐることを意味する。

世の中には、この自由意志を否定する意見もある。さういふ主張をする人にとつては、あるべき姿といふ言葉は意味を持たない。私達が何を望み、何を考へようと、すべては決められてゐて、なるやうにしかならないのだから。これこそ、アランの言ふ「卑怯者の詭弁」だと言ふべきだらう。

何があるべき姿かといふ問題は、簡単ではない。時代や文化が違へば、答へも異なる。しかし、社会が秩序を保ち、人が意味のある人生を生きるためには、何らかのあるべき姿が必要だ、といふことは時代や文化を超えた真理だ。

東京オリンピック開催の目的

The Economist誌が、日本政府がオリンピック開催に固執する理由についての記事を出した。The impulse behind Japan’s decision to go on with the Olympic gamesといふ題で、2022年に冬季オリンピックを開催する中国には負けたくないといふ気持ちなどの「愛国心」が、日本政府の態度の裏にある、といふ趣旨の記事だ。仮に、この記事が指摘するとほり、東京オリンピックを開催するのが日本の威信を高めるためだとすれば、かなり危ない賭けだと言はざるを得ない。
今回のオリンピックが、普通のオリンピックにはならないことは、既に決まつてゐる。外国からの観客は来ないからだ。「おもてなし」の相手がゐなくなつて仕舞つた。外国選手や支援スタッフにしても、観光地を訪れるのは論外で、東京の街をぶらつくこともままならない。レストランでもお酒が飲めるかどうか分からない。心から日本を楽しむことは難しいだらう。
ゲームそのものも、本来の形で行はれるとは言へない。選手の中には、感染予防のために充分な練習ができなかつた人も多いに違ひない。流行の状況やワクチンの入手可能性には国により大きな差があり、始まる前から公平な戦ひではなくなつてゐる。(国の豊かさなどによつて不公平が生じるのは今回に限つたことではないが。)
試合の前にコロナ陽性が見つかる場合もあるだらう。その結果、有力チームが敗退するといつた事態も予想される。選手も欲求不満になる場合が多いだらう。
オリンピックが感染拡大の場になる恐れも大きい。国内に変異株が持ち込まれるだけでなく、世界中から人が集まることで、新しい変異株が生まれるかも知れない。WHOは変異株を国名で呼ばないと決めたが、ローマ字や数字が並ぶ名前は分かりにくいので、もし東京で新種が出れば、「日本株」の略称で呼ばれることは避けがたい。日本で感染した人が帰国後に母国で感染を広げることも予想される。
要するに、東京オリンピックによつて、日本に対する尊敬や好感が増す可能性はかなり低く、逆に恨みや軽蔑を招く恐れは大きいのだ。公平なゲームの実現が難しいことや、感染拡大の恐れを理由に、中止を決める方が、日本の評判を落とすリスクは小さいのではないか。世界的な理解も得られるだらう。
「日本はオリンピックもまともに開催できないのか」と馬鹿にする国もあるだらうが、さうした国は、日本が何をしても文句を言ふのだ。IOCとの約束は守らないといけないと考へる日本人もゐるだらうが、馬鹿正直に約束を守らうとする日本を、世界の場では、理不尽な約束をさせられた交渉下手とか、上手く断る方策も考へつかない愚か者と見るのが普通ではなからうか。
しかし、オリンピックが中止されることはないだらう。それは、この国の指導者に勇気や自信があるからではない。むしろ逆だ。
この国は、動き出したものを止めることが苦手なのだ。誰もが「これでは仕方がない」と思ふほど事態が悪化しないと、中止決定できないのだ。新しいことを始めるのが苦手なのと同じだ。かうした時こそ、指導者の先見性や指導力が求められるのだが、今の日本の政治家にそれを期待するのは無理だらう。
残念ながら、それが今の日本の実力なのだ。

井筒俊彦『意識と本質』

使ふ側から見た思想の体系について考へた際に、中心には私がゐて、その私は心と身体から成るとしたのだが、心とはどのやうなものなのか、その正体を知ることは容易ではない。心については、心理学者や哲学者が様々な説を述べてゐる。その一つとして井筒俊彦の『意識と本質』を読んでみよう。

井筒俊彦といふ人

井筒俊彦(1914-1993)は、日本の言語学者、哲学者で、語学の達人として知られる。30程の言語に通じてゐたと言はれるが、それも英語やフランス語のやうな簡単な言葉だけではなく、アラビア語サンスクリット語、ロシア語などを含めた30言語なのだ。その語学力を駆使して、古今東西の思想を渉猟し、そこに共通するものを見つけ出さうとした。

生誕100年を記念して、かつて在籍してゐた慶應大学の出版会から全集が出されたが、これは日本語の著作だけで、この他に英文の論文が多数あり、その主なものの翻訳だけで7巻ある。同出版会が特設サイトを設けてゐて、その人柄を知りたい人には便利だ。

海外での活躍が長かつたこともあり、日本では余り知られてゐない面もあるが、この国には珍しい、世界的に評価の高い人文学者なのだ。

『意識と本質』といふ本

『意識と本質』は、1983年に出版された本で、「精神的東洋を求めて」といふ副題がついてゐる。1991年に岩波文庫に収められた。ここで紹介するのは、岩波文庫版。中でも、本の題名にもなつてゐる最初の論文を取り上げるが、その他に「本質直観 ― イスラーム哲学断章」、「禅における言語的意味の問題」、「対話と非対話 ― 禅問答についての一考察」の三つの論文も収められてゐる。

「意識と本質」には、「東洋哲学の共時的構造化のために」といふ副題が付いてゐる。

東洋でも ― いま仮に極東、中東、近東と普通呼び慣わされている広大なアジア文化圏に古来展開された哲学的思想の様々な伝統を東洋哲学という名で一括して通観すると ― 「本質」またはそれに類する概念が、言語の意味機能と人間意識の階層的構造と聯関して、著しく重要な役割を果たしている(7頁)

といふ気づきから、

東洋哲学全体を、その諸伝統にまつわる複雑な歴史的聯関から引き離して、共時的思考の次元に移し、そこで新しく構造化しなおしてみたい

といふ「当面の狙い」を持つて書かれた本だ。ただ、

取り扱うべきものが、その資料的側面だけから見ても非常に広汎にわたっているので、結局は、せいぜい共時的東洋哲学の初歩的な構造序論といった程度のものにしかならないだろう。とすれば、今これから書こうとしている小論自体は序論のそのまた序論というわけである。「意識と本質」という表題の示すとおり、人間意識の様々に異るあり方が「本質」なるものをどのようなものとして捉えるかを、ここでは特に「本質」の実在性・非実在性の問題を中心として考察してみたい。

と井筒は書いてゐる。「東洋哲学の共時的構造化」で井筒が目指してゐたものは、非常に大きな仕事で、これはその最初の一歩だといふ訳だ。

共時的東洋哲学とは

東洋哲学を「共時的」に見ることで、何を目指したのか。本書の後記には、次のやうに書かれてゐる。

東洋哲学 ― その根は深く、歴史は長く、それの地域的拡がりは大きい。様々な民族の様々な思想、あるいは思想可能体、が入り組み入り乱れて、そこにある。西暦紀元前はるかに遡る長い歴史。わずか数世紀の短い歴史。現代にまで生命を保って活動し続けているもの。既に死滅してしまったもの。このような状態にある多くの思想潮流を、「東洋哲学」の名に価する有機的統一体にまで纏め上げ、さらにそれを、世界の現在的状況のなかで、過去志向的でなく未来志向的に、哲学的思惟の創造的原点となり得るような形に展開させるためには、そこに何らかの、西洋哲学の場合には必要のない、人為的、理論的操作を加えることが必要になってくる。

そのような理論的、知的操作の、少くとも一つの可能性として、私は共時的構造化ということを考えてみた。この操作は、ごく簡単に言えば、東洋の主要な哲学的諸伝統を、現在の時点で、一つの理念的平面に移し、空間的に配置しなおすことから始まる。つまり、東洋哲学の諸伝統を、時間軸からはずし、それらを範型論的パラディグマテイクに組み変えることによって、それらすべてを構造的に包みこむ一つの思想連関的空間を、人為的に創り出そうとするのだ。

こうして出来上る思想空間は、当然、多極的重層的構造をもつだろう。そして、この多極的重層的構造体を逆に分析することによって、我々はその内部から、幾つかの基本的思想パターンを取り出してくることができるだろう。それは、東洋人の哲学的思惟を深層的に規制する根本的なパターンであるはずだ。(410-411頁)

亡くなる前年の1992年に書かれた「意識の形而上学」では、下のやうに述べられてゐる。

東洋哲学全体に通底する共時論的構造の把握 ―それが現代に生きる我々にとって、どんな意義をもつものであるか、ということについては、私は過去二十年に亘って、機会あるごとに繰り返してきたので、ここでは多くを語らない。要は、古いテクストを新しく読むということだ。「読む」、新しく読む、読みなおす。古いテクストを古い*1テクストとしてではなく····。

貴重な文化的遺産として我々に伝えられてきた伝統的思想テキストを、いたずらに過去のものとして神棚の上にかざったままにしておかないで、積極的にそれらを現代的視座から、全く新しく読みなおすこと。切実な現代思想の要請に応じつつ、古典的テクストの示唆する哲学的思惟の可能性を、創造的、かつ未来志向的、に読み解き展開させていくこと。

どの程度の成果が期待できるか、自分にはわからないが、とにかく私は、およそこのような態度で東洋哲学の伝統に臨みたいと考えている。(『中央公論』1992年5月号、301頁)

 本質に対する東洋哲学の基本的な姿勢

「意識と本質」では、本質といふ視点から、東洋哲学の構造化が図られる。あるものの本質とは、それが「何か」といふことだ。これは本だ、樹だ、海だ、声に出して言はなくても、私達は目の前に広がる世界の中に、様々な物を区別して(「分節化」して)生きてゐる。何だが分からないものが出現すると、サルトルの『嘔吐』の主人公のやうに、気持ちが悪くなる。

 しかし、これは表面的な意識の世界に囚はれてゐるからだ。

これに反して東洋の精神的伝統では、少なくとも原則的には、人はこのような場合「嘔吐」に追い込まれはしない。絶対無分節の「存在」に直面しても狼狽しないだけの準備が始めから方法的、組織的になされているからだ。いわゆる東洋の哲人とは、深層意識が拓かれて、そこに身を据えている人である。表層意識の次元に現れる事物、そこに生起する様々の事態を、深層意識の地平に置いて、その見地から眺めることのできる人。表層、深層の両領域にわたる彼の意識の形而上的・形而下的地平には、絶対無分節の次元の「存在」と、千々に分節された「存在」とが同時にありのままに現れている。

 常に無欲、以てその妙を観

 常に有欲、以てそのきょうを観る。*2

老子が言うのはそれである(『老子』一)。(16頁)

大乗仏教の空の思想は典型的な「本質」否定の考へ方だが、東洋思想の全てが「本質」を否定してゐるわけではない。

イスラーム哲学が区別する二つの「本質」

井筒は、「本質」を肯定する東洋哲学を、その「本質」が指すものによつて、三つに分けて論じるのだが、その前に、イスラーム哲学では二種類の「本質」を区別してゐることを紹介して、「本質」といふ言葉についての誤解を避けようとしてゐる。「これは何か」を示す「マーヒーヤ」と、「これであること」を指す「フウィーヤ」だ。

「マーヒーヤ」は、

現前するある個物(X)を指しながら、「これは何か」と問う、その問いにたいする答えとして与えられるもの、つまりXをしてXたらしめるX性であり、Xの永遠不変の自己同一性を規定するもの(41頁)

これに対して「フウィーヤ」は、

概念にはなんの関係もない、というより一切の言語化と概念化とを峻拒する真に具体的なXの即物的リアリティーである。(中略)「これであること」、いわば「これ性」を意味する。(42頁)

井筒の話は、「マーヒーヤ」と「フウィーヤ」の関係をどう考へるかをめぐつて、フッサール現象学芭蕉へと進むのだが、そこは省略して、本題である「本質」を肯定する東洋哲学の三つの立場について見ることとしよう。

第一の型:深層にある理としての本質

東洋哲学で「本質」を肯定する第一の型では、普遍的「本質」(マーヒーヤ)は実在するといふ立場を取るのだが、

しかしそれにすぐ続けて、実在するとはいっても、それは存在の深部に実在するのであって、存在の表面に現れているようなものではない、つまり我々の普通の経験において、表層的「······の意識」の「······」として認知される性質のものではない、と主張する。(72頁)

この第一の型の例として挙げられてゐるのが、中国宋代の理学だ。

中国宋代の儒者たちの理学も、「理」すなわち普遍的「本質」の探究である。彼らもまた、普遍的「本質」を真に実在するリアリティーと信じ、しかもそれを深層意識的に把握しようとする。(80頁)

 「本質」は深層意識にあるので、それに達するには訓練が要る。その意識訓練の方法が、「静座」と「格物窮理」(窮理)だ。

「静座」は心内のざわめきを鎮め、同時にそれと相関的に、心外すなわち存在界のざわめきを鎮める修行。「窮理」は、そのようにして次第に静まり澄みきった心の全体を挙げて経験的世界の事物を見詰めつつ、それらの事物の「本質」(複数)を一つずつ把握していき、或る段階まで来たとき、この「本質」追及のいわば水平的な進路を、突然、垂直的方向に転じて、一挙に万物の絶対的「本質」(単数)の自覚に到達しようとする「本質」探究の道。(82-83頁)

 万物の絶対的「本質」の自覚は、「豁然貫通」「脱然貫通」などと呼ばれる。

それは意識の、表層から最深層への飛躍突入であり、それはまた、存在表層に水平的に並ぶ事物の「理」の系列が、突然、垂直に方向を転じて存在深層に貫通し、存在のゼロ・ポイントに到達することでもある。存在のゼロ・ポイント、既に述べたように、それは、あらゆる経験的事物それぞれの「本質」を究極的に一に収斂し、しかもまた逆にそれらの「本質」を己れの自己分節として存在の経験的次元に成立される純形而上的「本質」にほかならない。すべての「本質」の究極の「本質」、「理」のまた「理」、「無極而太極」である。(93頁)

第二の型:根源的イマージュとしての本質

第二の型も、第一の型と同様に意識の深層に「本質」を探るのだが、

ここでは、すべて存在者の普遍的「本質」が、濃厚な象徴性を帯びたアーキタイプ、元型、として現われる。前にも全然別のコンテクストで言及したことのある、イスラーム哲学者イブン・アラビーの「有無中道の実在」やスフラワルディーの「光の天使」をはじめ、易の六十四卦、密教のマンダラ、ユダヤ教神秘主義カッバーラーの「セフィーロート」など、その例は多く、様々な形で東洋哲学の諸伝統を華やかに彩る。(73頁)

この第二の型は、シャマニズム、『荘子』などにも見られるが、かうした精神伝統を代表する人々にとつては、

吾々のいわゆる現実世界の事物こそ、文字通りの影のごとき存在者、影のまた影、にすぎない。存在性の真の重みは「比喩」の方にあるのだ。もしそうでないとしたら、「比喩」だけで構成されている、例えば、密教のマンダラ空間の、あの圧倒的な実在感をどう説明できるだろう。(203-204頁)

第二の型の本質は、「元型」として現はれるが、この「元型」は単なる抽象的な普遍者ではなく、「人間の実存に深く喰いこんだ、生々しい普遍者である。」

我々が常識的に現実とか世界とか呼んでいるものは、表層意識(A)の見る世界であって、それが世界の唯一の現われ方ではない。深層意識にはそれ独特の、まったく別の見方がある。深層意識の目には、表層意識を狼狽されるに足るような異様な形で、存在世界が現出する。つまり、さっき言ったように思想意識の存在分節が、表層意識のそれとは全然違う、ということだ。そして、この、深層意識独特の存在分節の基礎単位が「元型」イマージュである。(221頁)

井筒は、この「元型」イマージュと言語との関係を、空海ユダヤ教神秘主義カッバーラーの例を挙げて説明してゐる。

第三の型:表層で理知的に捉へた一般者としての本質

第三の型は、これまでの二つが深層意識的なものであつたのに対し、意識の表層を働かせて「本質」を捉へようとする。

目に見える、あるいは直接感覚的に認知できる個物の背後に、それらを超越する形而上的一般者を実在するものとして認めはするけれども、そのような普遍的「本質」を実際に形而上的体験を通じて直接無媒介的に捉えようとはしない。ただ理性的に、つまり表層意識的に、「本質」の実在を確認するにとどまる。そしてその上で、あるいはそれの構造を分析し、あるいはそこから出てくる理論的・実践的帰結を追求するのである。古代中国の儒学、特に孔子の正名論、古代インドのニヤーヤヴァイシェーシカ派特有の存在範疇論パ ダ ー ル タなど、その最も顕著な例である。(73頁)

西洋でのかうした考へ方の典型はプラトンイデア論で、それはソクラテスの「定義」追及を引き継いだものだが、井筒の次の指摘は重要だらう。

但し、ソクラテスの場合、求められるものは常に道徳的価値、人間の行為や性格の倫理的諸相の「本質」に限られていた。(295頁)

 この西洋のイデア論に東洋で対応するのが、孔子の正名論だ。

古代中国の代表的思想家、孔子、と古代ギリシャの哲人、プラトンとの間には、勿論、著しい相違がある。提起される哲学的問題も違うし、思惟方法も違う。だが、永遠不易の普遍的「本質」の実在性を信じ、それによって紛糾する感覚的事物の世界を構造化し秩序付けようとする根本的態度において、イデア論と正名論とは一である。(298頁)

 意識の構造モデル

f:id:yoshiharajya:20210415175236j:plain

意識の構造モデル

 以上が、東洋哲学の「本質」肯定の三つの型だが、井筒は、第二の型の説明に際して、上図のやうな意識の構造モデルを提案してゐる(214頁)。

Aは表層意識、その下は全部深層意識で、B、C、Mに分かれる。最下点にあるのは「意識のゼロ・ポイント」。全ての分節の根源である無分節の境だ。これに続くCは無意識の領域。全体的に無意識ではあるが、B領域に近付くにつれて次第に意識化への胎動を見せる。B領域は「言語アラヤ識」の領域とされる。「言語アラヤ識」は、井筒の用語で、次のやうに説明されてゐる。

この領域には、まだ「本質」として定着できない、あるいは結晶しきれない、無数の浮動的な意味体が、結びつ解かれつしながら流れている。無意識奥底のこの紛糾の場において、唯識哲学のいわゆる存在「種子ビージャ」が形成されていく。そしてそれらの「種子」が、機会あるごとに潜勢態を脱して「転識」的意識の表面に現勢化し、そこに「本質」を作りだして経験的事物を分節する。(130頁)

 BとAの間に広がる中間地帯Mが、「想像的」イマージュの場所。B領域で成立した「元型」は、このM領域で、様々なイマージュとして生起し、そこで独自の機能を発揮する。

人の心に意識と無意識の領域があるといふことは、洋の東西を問はず認められてゐるだらう。ただ、意識と無意識がどのやうに係るのか、どのやうな構造を持つてゐるのかについては、議論が分かれるところだ。

この図が示してゐるやうに、東洋哲学では、意識には外からの刺激だけでなく、内から湧き出てくるものがあるとされる。それは、単なる夢想だとは限らない。ベルクソンは『物質と記憶』で、人間の知覚では外からの刺激と内から出てくるイマージュが輪のやうになつてゐると述べてゐる。ベルクソンが言ふイマージュは過去の記憶が外からの刺激に対応して意識に上つて来たものだが、外部の刺激や過去の記憶とは無関係に浮かんでくると思はれるイマージュもある。外界とは離れた、独自の論理を持つ心の世界が想定されてゐるのだ。

「意識と本質」の先に

以上、「意識と本質」で説かれてゐる東洋哲学の本質論を整理したが、上記の三つの型の他に、本質を全く認めない禅のやうな思想もある。長くなるので省略したが、この論文には禅の解説もあつて、非常に興味深い、それだけでも読む価値があるものだ。

井筒の最後の著作となつた「意識の形而上学 ― 『大乗起信論』の哲学」は、「東洋哲学覚書その一」とされてゐる。夫人による「あとがき」によれば、その後、言語阿頼耶識唯識哲学の言語哲学的可能性を探る)、華厳哲学、天台哲学、イスラームの照明哲学(スフラワルディー・光の形而上学)、プラトニズム、老荘儒教真言哲学と続いていく予定だつたさうだ(山崎達也氏の論文に拠る)。「意識と本質」は導入、あるいは総論で、その後に各論が展開される予定だつたといふことだらう。

それぞれの哲学について井筒の話を聞くことができないのは残念だが、「意識と本質」だけでも、多彩な東洋哲学を見渡すことができる。これを残して呉れたことに、感謝すべきだらう。

*1:太字は、原文では傍点。以下の引用でも、同じ。

*2:中公「世界の名著」の小川環樹訳では、「永久に欲望から解放されているもののみが『妙』(かくされた本質)をみることができ、決して欲望から解放されないものは、『』(その結果)だけしかみることができない」となつてゐる。「本質」といふ言葉が使はれてゐるので紛らはしいが、「妙」は真の姿、「」は上辺の見かけ、だと考へれば良いだらう。