心と身体

共和国としての私

アラン(1868-1951)が、1910年12月4日付のプロポで、こんなことを書いてゐる。 何かの事故で少しばかり皮や肉を取られると、この私のかけらは、すぐに死んでしまふが、だからと言つて、このかけらが、分けることのできない生命の一部なのだと考へては…

MRI で他人の痛みが分かるか

1月9日付の Science 誌(Vol. 323. no. 5911, p. 195)に、fMRI画像が、裁判の証拠として使はれようとした話が載つてゐる。工場の事故で化学的な火傷を負つた人が、その結果、慢性的な痛みを感じるやうになり、補償を要求した事案で、その弁護士が、痛みを感…

インターネット時代の若者

11月13日付の Economist 誌に、Don Tapscott 氏の"Grown Up Digital: How the Net Generation Is Changing Your World"といふ本の評が載つてゐる。1978年から94年に生まれた12カ国の8000人近い人を対象とした調査をもとに書かれたもので、こ…

身体はどこまで広がるか

Nature 誌6月17日号に、猿の脳に電極をつけて、ロボットの腕を動かさせる実験の論文 "Cortical control of a prosthetic arm for self-feeding" が載つてゐる。ウェブサイトでは、実験の様子のビデオも見ることができるが、ロボットの腕を使つて上手に餌…

臨死体験の研究

英国の Southampton 大学が中心となつて、臨死体験の研究が始まる。心停止中の患者の脳や意識の状態を調べるほか、体外離脱の真偽を確かめるために、天井近くの特別の位置からだけ見える場所に様々な絵を出して、蘇生した患者がそれを見たかどうかを調べるの…

「復活」と「魂の存続」

"Annales Bergsoniennes III Bergson et la Science" に載つてゐる Bertrand Saint-Sernin 氏の論文、"L'Interconnexité entre les Êtres selon Les Deux Soureces de la Morale et de la Religion"に付された注(p.303)に、キリスト教の人間観がまとめられ…

さぼる脳

計見一雄さんの『脳と人間』を、ときどき取り出しては、少しづつ読み進めてゐる。現実の症例をいくつも見て来た臨床医の言葉だけに、重みがある。 精神病棟には、不思議な若々しさを保った患者が何人かいる。症状はさまざまだが、ようするに過去のままなので…

ラットの脳細胞で動くロボット

8月15日付け読売新聞の29面に、ラットの脳細胞を使つてロボットを動かす実験についての記事が載つてゐる。英国レディング大学における研究で、通常のロボットの制御に使はれてゐるICの代はりに、ラットの脳細胞を培養したものを使ふといふ試みである…

ベルクソンの手紙

ベルクソンの書簡集を、少しづつ読み進めてゐる。「忙しいので、夕食の招待には応じられない」といつた日常的な手紙も多いのだが、思つてゐた以上に楽しめる。ベルクソンが極めて筆まめな人であつたことが分かる。 興味を引かれる点の一つは、翻訳に関するこ…

fMRI の特徴と制約

Nature 誌6月12日号に、functional magnetic resonance imaging (fMRI) の特徴と制約をまとめた解説記事が掲載されてゐる。fMRI は、脳の活動を非侵襲で観察することができる装置で、いくつかの方式があるが、現在主流となつてゐるのは、小川誠二氏により…

BMIの倫理問題

本日付の朝日新聞朝刊、科学欄のコラム「探求人」に、慶應義塾大学理工学部で Brain Machine Interface (BMI) を研究してゐる専任講師の牛場潤一さんが紹介されてゐる。BMIは、運動神経を傷つけられた障害者の脳波を取り出し、その信号を使つてロボットの腕…

ベルクソンの自由観

ベルクソンの"Essai sur les données immédiates de la conscience" (邦訳『時間と自由』)を読み返してみると、自由に関する重要な論点が目白押しだ。やはり大した学者である。例へば、以下の部分(Œuvres p. 109)。 Que si, au contraire, il prend ces état…

ADHDと漂泊の詩人

Economist 誌の科学技術欄に、ADHDと遺伝の話が出てゐる。Attention Deficit / Hyperactivity Disorder 注意欠陥・多動性障害は、落ち着きが無く、じつと座つて人の話を聞くことが苦手であるといつた特徴を示す障害で、学校では「困つた子供」になる場合…

自由意志の証明

ジェイムズ(William James, 1842-1910) の"The Will To Believe and other essays in popular philosophy" は、自由意志に関する論文や講演を集めたものだが、その中の一つ、"The Dilemma of Determinism" の最初の部分に次の一節がある。(Dover edition, p.…

頭の良くなる薬

エコノミスト誌に、頭の良くなる薬の話が載つてゐる。 Smart drugs これらの薬は、精神を刺激し、中毒性がある。利用者に拠れば、集中力が増し、疲れが減るといふ。しかし、高揚状態は長続きせず、中毒患者は、量を増やしながら薬を飲み続けなければならない…

自由な意思

Nature Reviews Neuroscience に、「我々が意識するよりも10秒も前に我々の行動は決定されてゐることを示唆する」研究が紹介されてゐる(June 2008, pp410-411)。fMRIで脳をスキャンしながら、被験者に、右か左の人差し指のどちらかを自分で決めてボタ…

William James "Human Immortality" 其の二

非欧米人蔑視の話といふ脇道に逸れて書き切れなかつた部分の追加。 ジェームズは、production 説と transmission 説とを比較して、前者の立場からする反論や、後者の優位性についても触れてゐる。 production 説からの反論として挙げられてゐるのは、この説…

William James "Human Immortality"

William James "Human Immortality"を読む。"The Will To Believe"といふ本を買つたら、後ろについてゐた著作なのだが、George Goldthmait Ingersoll といふ人の遺言に基づいて作られた The Ingersoll Lectureship on the Immortality of Man といふ名のハー…

回復期の精神病患者

計見一雄さんの『脳と人間 大人のための精神病理学』に、ベルクソンが「現在の思ひ出と誤つた再認」の中で述べてゐる、失語症や麻痺のやうに一見して能力が欠けてゐることが分かる病に限らず、妄想、固定観念のやうな病の場合でも、積極的なものはない、とい…

H. Feigl のベルクソン観

Herbert Feigl: The "Mental" and the "physical"を読む。(David J. Chalmers ed."Philosophy of Mind, classical and contemporary readings" pp.68-72) 抜粋を読んだだけなので、早まつた判断かも知れないが、内容的には、心と脳の働きは同じものである、…

アランの『神々』

加藤邦宏さんが、ウェブにアランの「神々」を読むを連載してをられる。『神々』Les Dieux は、アランが65歳の時に書かれた本だが、彼の代表作の一つだと言へるだらう。小林秀雄の愛読書の一つでもあつたやうだ。郡司勝義さんが、昭和56年に出版された『…

古代ギリシャ人の意識観

ベルクソンの講義録に、次のやうな一節がある。(COURT IV, Cours sur la philosophie grecque, p.78) Les Grecs ont pris une idée, l'ont prise à l'état de pureté, et n'ont plus vu dans la conscience que quelque chose qui en sort par voie de dimin…

意識が脳の働きである、とは

U.T.Place"Is Consciousness a Brain Process?"を読む。(David J. Chalmers ed."Philosophy of Mind, classical and contemporary readings" pp.55-60) 意識と脳の働きについて我々が別々の表現を用ゐることは、両者が同じものであることを妨げないことを示…

自己複製するロボットは可能か

生物の一つの特徴は、自己複製である。ロボットで、それは可能か。昨年秋の"Science"誌で、ロボット技術の現状が特集されてゐた。"Making Machines That Make Others of Their Kind"といふ記事には、以下のやうな記述が見つかる。(Science 16 Nov. 2007: Vol…

メルロ=ポンティのベルクソン観

小林秀雄は、メルロ=ポンティを読んでゐた。郡司勝義さんが、かう書いてゐる。(「一九六〇年の小林秀雄」文學界2002年9月号263頁) 「『本居宣長』だけに集中して、先づそれが終つてから再び手をつけようと思ふ。しかし、メルロ=ポンティはなかなか…

二元論の問題 其の二

久しぶりに、小林秀雄の講演「現代思想について」のテープを聞き直す。この中で、小林秀雄は、精神的事実と物質的事実といふ二つの経験的な事実があることを強調してゐる。 唯物的な思想の最大の弱点は、我々の一番切実な経験である自由といふ問題を無視する…

二元論の問題点

Daniel Dennett が、"Consciousness Explained" の中で、二元論が勢ひを失つた理由を述べてゐる。(p.32-)彼の言ふところでは、現代の主流の意見は唯物論 materialism であり、この世にあるのはただ一種類のもの、即ち物質であつて、精神は一種の物理的な現象…

Bergson OEuvres Edition du Centenaire の誤植

Bergson の OEuvres Edition du Centenaire に誤植がある。手元にあるのは、2001年8月に出た第6版だが、831ページ28行目の末尾に続く文が、何故か36行目に跳び、そこから1行づつ上に、29行目まで戻るといふ形になつてゐる。 この作品集は、…

ベルクソンの生気説

ベルクソンは、ある種の生気説を唱へてゐた。(Œuvres p.830) Que l'effort combiné de la physique et de la chimie aboutisse un jour à la fabrication d'une matière qui ressemble à la matière vivante, c'est probable : la vie procède par insinuati…

色は一定の波長の光なのか

Paul M. Churchland "The Rediscovery of Light"を読む。(Chalmers "Philosophy of Mind"pp362-370) Churchlandは、心の哲学の論者の中で、最も唯物論的な立場に立つ人物である。例へば、こんなことを言つてゐる。(p369 l) Accordingly, we should not be …