Steve Jobs (1955-2011)

アップル社の創業者スティーブ・ジョブズが亡くなつた。享年56。ホワイトハウスツイッターにこんな言葉が載つてゐた。POTUS: とあるのでオバマ大統領自身の言葉だらうか。

 

There may be no greater tribute to Steve's success than the fact that much of the world learned of his passing on a device he invented.

世界の多くの人達が彼の発明した機器で彼の死を知つたといふ事実、これに優るスティーブへの賛辞はないかも知れない。

 

確かに、このニュースを知つたのは、通勤途上の電車で、iPhone で見てゐたツイッターだつた。音楽も最近では iPodタイムドメインのスピーカを使つて聴いてをり、アップルの製品なしでは暮らせない状態だ。心からの感謝の意とともにご冥福をお祈りする。

 

以前から体調不良が伝へられてをり、経営の一線から退いたとは言へ、まだ56歳である。同年代の者としては、いろいろと考へさせられる。よく知られたスタンフォード大学での演説を、この機会に初めて見たが、有名になつて当然の立派なものだ。養子に出された経緯や大学の中退、自ら起こした企業を追はれた顛末、膵臓ガンの手術などの人生での岐路について語りながら、「失ふものは何も無い。自分の天職を探せ」と卒業生達に呼びかけてゐる。

 

パソコンの世界でアップルと争つたマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツも、同じ1955年の生まれである。これは偶然ではあるまい。彼らは第二次大戦が終はつて10年で生まれて来たが、戦後間もなくトランジスタが発明され、1950年代末には、集積回路が作られた。情報通信技術の飛躍的な発展の種は蒔かれてをり、それを生かす天才達の出現を待つてゐたのだ。

 

ジョブズがゐなくても、別の天才がマッキントッシュiPhoneiPad に代はる何かを産み出してゐたかも知れない。しかし、アップル社の魅力的な製品が、ジョブズの個性に染まつて輝いてゐるのは確かだ。

 

50年余り生きて来ると、全てのものは移り変はるのだといふ印象が強くなる。街並みが変はり、知人にも故人が増えて来る。街も人も、個性的なものは、いつか消えて行く。そして戻つては来ない。小林秀雄は、立派な思想ほど滅びやすいと言つた。しかし、彼は、失はれた過去を「思ひ出す」力を人間が持つてゐることも信じてゐた。本居宣長が『古事記』の時代を想つたやうに、宣長の演じた思想劇をまざまざと見てゐた。

 

ジョブズや彼の産んだ製品がどのやうな形で人々の記憶に残されて行くのか、それを見守るのが、老後の楽しみの一つになるだらうか。