臨死体験の科学的な研究

臨死体験と呼ばれる現象がある。三途の川が見えたり、横たはる自分の姿を空中から眺めたりといつたオカルト的な体験なのだが、さうした体験をする人がゐることは、事実として認められてゐる。

ネットでも、たとへば次のやうな真面目な研究の結果を見ることができる。

しかし、不思議な体験であることは間違ひなく、本人にしか分からないので、どこまで確実な事実と言へるのだらうか。この体験を外から確かめることはできないのか。

AWARE

さうした研究の一つにAWARE (AWAreness during REsuscitation) がある。Sam Parnia氏を中心に、複数の病院の救急救命センターが協力して、心肺蘇生により回復した心停止の患者からデータを集めることにより、瀕死状態の患者の意識を探る研究で、最初の結果は2014年に発表された。研究手法に改善を加へて二度目の研究AWARE IIが行はれ、その結果は2023年10月に公表された。

今回の研究で私が注目してゐたのは、寝てゐる患者からは見えない場所に画像を出して、蘇生時にそれを覚えてゐるかを調べるといふ調査だ。もし、画像を覚えてゐる人がゐれば、寝てゐる場所からは見えないものを見たのだから、精神の体外離脱が起きたことが示されることになる。もしさうした実例が見つかれば、心と身体との関係を根本から考へ直さねばならないやうな、非常に興味深い研究なのだ。前回も一部の病院で行はれたのだが、データ数が少なかつたこともあり、画像を見たといふ人はゐなかつた。今回は全ての病院でこの手法を導入して、より多くのデータを集めるといふので、期待は高まつた。
結論から言へば、今回も画像を覚えてゐる人はゐなかつた。そもそも心停止といふ危機的な状況にある患者が対象なので、567人の対象者のうち生還できたのは10%弱の53人、インタビューができたのは28人だつた。そのうち11人が心停止中でも意識があつたことを示唆する経験を語つた。
今回の研究結果の評価
といふ訳で、体外離脱の証明には至らなかつた訳だが、医学的には興味深い結果も得られたやうだ。メディカルオンラインの医学文献検索サービスに掲げられたこの論文についてのページを見ると、次のやうな評価がなされてゐる。
知覚刺激の想起はほとんど生じなかったものの、脳波モニタリングの結果は、臨死体験の一部に現実的基盤が存在している可能性を示唆するもので、PNAS誌の論文とともに大きな注目を集めている
臨死体験の一部に現実的基盤が存在する可能性」といふのは、心肺蘇生に35分~60分といふ長時間を要した患者の一部で、脳にデルタ活動・シータ活動・アルファ活動などが出現したことを指すのだらう。同じく注目を集めてゐるといふPNAS誌の論文では、昏睡状態の患者の人工呼吸器をはずす際に脳波を調べたところ、4名のうち2名でガンマ活動が観察されたことが報告されてゐる。

この点については、Parnia氏もインタビューで言及してゐる。そこでは、臨死体験は、脳が酸欠状態に置かれることにより、その抑制機能が働かなくなり、心の中の記憶などが溢れ出して来るのではないか、といふ仮説も述べてゐる*1

今回の結果を踏まへて、今後、どのやうな研究が行はれるのかは分からないが、私達の心がどのやうなものなのかについて、科学的な知見が積み上げられることを期待したい。

 

*1:この説はベルクソンの説とよく似てゐて興味深い。ベルクソンは、精神は脳の活動を大きくはみ出してゐるもので、脳は記憶を蓄へる場所ではなく、精神の注意を生きることに向けさせるための器官であり、私達の身体は精神の言はば錘(おもり)であるといふ意見を述べてゐる。