2010-01-01から1年間の記事一覧

Sensation と Perception

Nicholas Humphrey の"Seeing Red, A Study in Consciousness"を読む。我々が赤い色のものを見る時に感じるもの(それをこの本では sensation と呼んでゐる)が、どのやうにして出て来るのかを説明することを通じて、意識の問題について考へようとした本だ。…

『日本文学史序説』第1章

加藤周一『日本文学史序説』第1章は「『万葉集』の時代」。最初に取り上げられるのは『十七条憲法』である。加藤氏の考へる文学史は、文芸作品を扱ふ狭義の文学史ではなく、日本人の言語表現の歴史なのだ。時代の政治、経済、社会的背景も示してゐて、日本の…

組織にあつて正気を保つ方法

軍隊といふ組織の中の人間の生態について、アラン(1868-1951)がこんな文章を書いてゐる(1921年12月19日)。 軍の最高司令部の眼が曇つてゐることについては、法廷で驚くべき話が語られてゐる。自分が見たものを報告したことで指導部の構想を乱した部下が歓迎…

「もの」と「こと」

長谷川三千子氏の「日本語の哲学へ」(ちくま新書)を読む。「日本語をもって思索する哲学者よ、生まれいでよ。」といふ和辻哲郎の言葉に応へ、「もの」と「こと」といふ言葉を頼りに、西洋の言葉に依る存在論(ハイデガー)を超える試み。なかなかの力作で…

雇用の将来

新聞やテレビのニュースからも、直接聴く産業界の人の話からも、大企業の「終身雇用」に代表される日本の雇用制度は、もはや維持できない状況となつてゐるし、むしろ変へなければ日本が大変なことになるといふ印象を持つ。最近、ウェブ上で、同趣旨の話を二…

Economist 誌の死亡記事

Economist 誌の死亡記事(Obituary)を、いつも興味深く読んでゐる。その人選は独特で、書きぶりも洒落てゐる。かうした記事のスタイルを作つたのは、Keith Colquhoun といふ人ださうだ(どう発音するのだらう?)。今年の7月15日号の同誌で、ご本人の死亡記事…

聴き疲れしないとは

Timedomain スピーカの特徴の一つは、聴き疲れしないといふことだらう。何時間聴いても嫌にならないので、ついつい夜更かしして仕舞ふ。聴き疲れについて学問的な研究があるのか、不勉強で知らないが、勝手な思ひ付きを書いてみよう。 人間が音を聞くといふ…

波頭亮『成熟日本への進路』

「成長論」から「分配論」へ、といふ副題が付いてゐる。 以前から、今の日本必要なのは経済成長ではなく経済成熟ではないか、といふ漠然とした考へを持つてゐたが、この本は、その経済成熟の一つのあり方を示したものであり、大変興味深く読んだ。 バブル崩…

日韓関係の将来

昨晩、NHKで日韓の若者を集めた討論会を放送してゐた。かうした番組が成立するやうになつたといふこと自体、大いに喜ぶべきことだらう。 番組では、依然として根深い両国の歴史認識の差が浮き彫りになつた。一言で言へば、韓国の若者の見方は一面的であり…

脳は偉くない?

8月11日付の朝日新聞朝刊に、「夏の基礎講座」といふコラムがあり、分子生物学者の福岡伸一氏の話が載つてゐる。「動的平衡」といふ言葉を流行らせた人だ。こんなことを言つてゐる。 脳が生命を支配しているという唯脳論的立場から見ると社長や部長は脳で、…

「無意識の意志」

Science 誌の 2 July 2010 号に、"The Unconscious Will: How the Pursuit of Goals Operates Outside of Conscious Awareness"と題するレビュー記事が出てゐる(pp.47-50)。結論部分だけを簡単に訳してみよう。 このレビューと分析は、目標を追ふために必要…

人間の囀り

アラン(1868-1951)は、人間の精神が身体に閉ぢ込められてゐるといふ考へを否定してゐた。さうした彼の意見が窺はれる1921年7月21日のプロポ。 人間の精神は、考へを入れた箱のやうなもので、そこから人は必要な考へを取り出す、と見るのは便利だ。しばしば他…

健康な精神は健康な肉体に

Economist 誌に、病気と知能との関係についての記事が出てゐる(July 3rd 2010, pp.71-72)。ニューメキシコ大学の研究者 Christopher Eppig 等が Proceedings of the Royal Society に発表した論文によれば、世界の国々の感染症の被害と知能指数とを比較する…

生物学2.0

Economist 誌が、"Biology 2.0"と題した特集を組んでゐる(June 19th 2010)。ヒトゲノム解読から10年になるのを機に、その後の変化を振り返つたもので、当初の夢物語は実現してゐないが、着実な進歩がある、といふ論調。 「生物学2.0」は、生気論を完全に…

日本文学の特徴

加藤周一『日本文学史序説』を読み始める。最初の章で、日本文学の五つの特徴が列挙されてゐる。 1 文化全体のなかでの文学の役割 「各時代の日本人は、抽象的な思弁哲学のなかでよりも主として具体的な文学作品のなかで、その思想を表現してきた。」 「日…

トキソプラズマの心への影響

Economist 誌(June 3, 2010)に、トキソプラズマが精神に及ぼす影響について書いた記事"A game of cat and mouse"が出てゐる。トキソプラズマへの感染と、神経症、交通事故、注意の持続時間や新しい事に対する関心、統合失調症などとの間に相関関係があるとい…

プラットフォームとしてのTimedomain

Timedomain のスピーカ+アンプで聴くと、従来のオーディオでの再生と比較して、音の良さがはつきりと分る音源と余り改善が感じられない音源がある。つまり、Timedomain は音源を選ぶのだが、このことは Timedomain が音楽の新しいプラットフォームと成り得る…

人工生命

Craig Venter氏(1946-)とHamilton Smith氏(1931-)が、人工的なゲノムを持つバクテリアを作ることに成功した。May 22nd-28th 2010のEconomist誌では、表紙にミケランジェロ「天地創造」のアダムをもぢつた絵を載せて、"And man made life"といふ題をつけてゐ…

オーディオ革命

この半年ばかり、比較的安価なオーディオをいぢつて遊んでゐる。多少の出費もあつたが、お蔭で、この世界も大きく変化してゐることが分かつた。オーディオ革命と言つても大袈裟ではあるまい。かういふ感想を持つに至つた経緯を簡単に書いて置く。 <ウッドコ…

スピノザに倣つて

スピノザには、数は少いが、一流の愛読者がゐる。アランもさうした人達の一人である。スピノザに倣つて、彼が戦争について考へたプロポを読んでみよう。(1921年7月12日) 私は肩に小さな、鳥のやうに軽い手を感じた。スピノザの影が、私に囁(ささや)かうと…

見ることと意識

見るとは、どういふことか。先づ、この問題を考へる必要がある。そのためには、人間の視覚と他のものの視覚を比べるのが、良い方法だらう。人間がものを見るのと、動物やロボットがものを見るのとでは、何が違ふのだらうか。 動物やロボットにものが見えてゐ…

身体についての意識

意識するといふのは、自分の身体の状態を知るといふことではないだらうか。意識とは、自分の身体についての意識ではないだらうか。勿論、自分の身体だけではなく、世界の様子を意識することもできる。しかし、その場合でも、常に身体が媒介してゐる。Nichola…

合成生物学

1月21日付けの Nature 誌に合成生物学が直面してゐる課題についての記事が出てゐた。("Five hard truths for synthetic biology", Roberta Kwok 2010 Jan. 21, Vol 463(288-290)) 先日出た日本語版で、その内容を見よう。 合成生物学とは、DNAやタンパク質…

荻生徂徠

ここ暫く、荻生徂徠を読んでゐた。できれば原典を読むといふ主義でやつてゐるのだが、徂徠の漢文は無理なので、中央公論社の「日本の名著」の現代語訳である。尾藤正英氏と前野直彬氏の解説に続いて、「学則」「弁道」「弁名」(抄)「徂徠集」(抄)「問答…

サリンジャーと庄司薫

サリンジャー(1919-2010)が亡くなつたといふニュースを聞いて、何度か読みかけては途中で放り出した"The Catcher in the Rye"を取りだして、今度は、丁寧に辞書を引きながら読んでみた。数行毎に辞書を引かなければならない状態なので、電子辞書といふ便利な…

組織の論理

軍隊といふ組織のもつ本質的な非論理性、非倫理性について、アラン(1868-1951)が書いたプロポを読んでみよう。(1921年5月14日) 戦争では、言はれること、書かれたことは、どれも本当ではない。私がまだ仕事に就いたばかりの時、遠くの隊長が電話で尋ねてき…

自然の非局所性

2009年12月4日号の Science 誌に、量子力学における非局所性に関する最近の実験結果が解説されてゐる。"Quantum Nonlocality: How Does Nature Do It?" Nicolas Gisin, Science 4 December 2009: pp. 1357-1358. 結論部分だけを抜き出せば、次のとほりである…

子供時代の意味

正月の番組で、宮崎駿、養老孟司両氏の対談「子どもが生き生きするために」といふのを放送してゐた。アラン(1868-1951)が1921年5月5日(こどもの日!)に書いたプロポを思ひだす。アランが語つてゐるのは、自然の中の人間ではなく、歴史の中の人間であるが。…