科学と哲学

因果性と相補性

山本義隆氏の編訳によるニールス・ボーア(1885-1962)の論文集『因果性と相補性』を読む。 相補性とは 「相補性」はボーアの言葉。原子物理学の領域のやうに、プランク定数が無視できない状況では、「(従来の)因果的記述の枠組みに適合させられない新しい規則…

科学は心を解き明かすことができるか

「ハードプロブレム」 心を科学的に解き明かさうといふ試みは、現在でも熱心に続けられてゐるが、かうした試みに立ちふさがる「ハードプロブレム」がある。山本貴光、吉川浩満両氏の『心脳問題』では、「なぜ脳内活動の過程に内面的な経験、つまり心がともな…

量子力学と古典力学の境目

量子力学の解釈問題 量子力学は不思議な学問だ。その基本的な形は1920年代に確立されたが、量子力学の意味するところは何かについて、依然として議論が続いてゐる。Internet Encyclopedia of Philosophyといふサイトの記事は、議論の現状を知るために有用だ。…

量子もつれの哲学的な意味

今年のノーベル物理学賞は、量子もつれに関する先駆的な実験を行つた3人の研究者に贈られた。「量子もつれ」とは、二つの物体が離れてゐても、あたかも一つであるかのやうに振る舞ふ現象で、アインシュタイン(1879-1955)は量子力学が予測するこの現象を、「…

時間の定義

技術の進歩で時間と私達との関係が変はらうとしてゐる。 情報通信研究機構が公開してゐる標準時間のページJST Clockを開くと、日本標準時(JST)と並んで協定世界時(UTC)*1国際原子時(TAI)*2が表示される。日本標準時と協定世界時は9時間ずれてゐるだけだが、…

スピノザ『エチカ』から

DE LA SERVITURE HUMAINE Chapitre XIII Mais il y faut de l'art et de la vigilance. Car les hommes sont divers (rares, en effet, sont ceux qui vivent selon le précepte de la raison), et cependant, pour la plupart, envieux, et plus enclins à …

精神の型としての時間

アランが1923年3月12日の日付で書いたプロポ。 人の心の働きは、ちよつとしたものだ。誰でも話せるやうになると考へることを身につける。どの国の言葉にも、数、時、所、場合について同じつながりが現れる。これらは私達が物事を探るための型であり、全ての…

変化する自然と動かぬ理念

アランが1923年2月10日に書いたプロポ。 芸術は動かぬものによつて人間の力を表現する。そこにある心の働きに気付けば、動かぬものほど魂の力を示すものは無い。逆に、揺れ動くものはどれも曖昧だ。走る馬は、勇んでゐるのか怖ぢけてゐるのか、突撃か敗走か…

少数性生物学

「Natureダイジェスト」2013年3月号に、「少数性生物学」の研究を進める大阪大学産業科学研究所教授、永井健治氏の話が載つてゐる。「細胞内の反応は、生化学にのっとっている。分子であればアボガドロ数(10の23乗個)を基準にした濃度で表し、溶液中で…

量子力学の巨視的な効果

6月号の"Scientific American"誌に、Vlatko Vedral 氏の"Living in a Quantum World"といふ記事が出てゐる(p.20-25)。普通、量子力学は分子や原子レベルの微視的な現象にだけ有効なもので、巨視的な世界では、相対性理論も含めて、古典的な物理学が適用され…

決定論と自由意思

科学的な決定論と自由意志との関係の問題について。 世の中に物理法則があることは、疑ひない。ニュートンの法則、相対性理論、波動方程式等々。これらの法則は、いづれも初期値が与へられれば、t 時間後の状態を示すことを可能にする(その他の条件が不変な…

脳は偉くない?

8月11日付の朝日新聞朝刊に、「夏の基礎講座」といふコラムがあり、分子生物学者の福岡伸一氏の話が載つてゐる。「動的平衡」といふ言葉を流行らせた人だ。こんなことを言つてゐる。 脳が生命を支配しているという唯脳論的立場から見ると社長や部長は脳で、…

生物学2.0

Economist 誌が、"Biology 2.0"と題した特集を組んでゐる(June 19th 2010)。ヒトゲノム解読から10年になるのを機に、その後の変化を振り返つたもので、当初の夢物語は実現してゐないが、着実な進歩がある、といふ論調。 「生物学2.0」は、生気論を完全に…

人工生命

Craig Venter氏(1946-)とHamilton Smith氏(1931-)が、人工的なゲノムを持つバクテリアを作ることに成功した。May 22nd-28th 2010のEconomist誌では、表紙にミケランジェロ「天地創造」のアダムをもぢつた絵を載せて、"And man made life"といふ題をつけてゐ…

見ることと意識

見るとは、どういふことか。先づ、この問題を考へる必要がある。そのためには、人間の視覚と他のものの視覚を比べるのが、良い方法だらう。人間がものを見るのと、動物やロボットがものを見るのとでは、何が違ふのだらうか。 動物やロボットにものが見えてゐ…

身体についての意識

意識するといふのは、自分の身体の状態を知るといふことではないだらうか。意識とは、自分の身体についての意識ではないだらうか。勿論、自分の身体だけではなく、世界の様子を意識することもできる。しかし、その場合でも、常に身体が媒介してゐる。Nichola…

合成生物学

1月21日付けの Nature 誌に合成生物学が直面してゐる課題についての記事が出てゐた。("Five hard truths for synthetic biology", Roberta Kwok 2010 Jan. 21, Vol 463(288-290)) 先日出た日本語版で、その内容を見よう。 合成生物学とは、DNAやタンパク質…

自然の非局所性

2009年12月4日号の Science 誌に、量子力学における非局所性に関する最近の実験結果が解説されてゐる。"Quantum Nonlocality: How Does Nature Do It?" Nicolas Gisin, Science 4 December 2009: pp. 1357-1358. 結論部分だけを抜き出せば、次のとほりである…

子供時代の意味

正月の番組で、宮崎駿、養老孟司両氏の対談「子どもが生き生きするために」といふのを放送してゐた。アラン(1868-1951)が1921年5月5日(こどもの日!)に書いたプロポを思ひだす。アランが語つてゐるのは、自然の中の人間ではなく、歴史の中の人間であるが。…

ベルクソンとメルロ・ポンティ

Florence Caeymaex の "Sartre, Merleau-Ponty, Bergson : Les Phénoménologies existentialistes et leur héritage bergsonien" を読んでゐる。ベルクソンの哲学は立派なのに、何故、メルロ・ポンティはフッサールの方を重んじたのか、不思議だつたので、買…

抗生物質の本来の役割

6月26日付の Science 誌に、"Antibiotics in Nature: Beyond Biological Warfare" といふ記事が出てゐる。抗生物質は、カビや放線菌などが作る物質で、他の微生物を抑制する作用を持つものを指し、ペニシリン、ストレプトマイシンなどが有名だが、最近1…

戦ひと道徳

6月5日付の Science 誌に、"Did Warfare Among Ancestral Hunter-Gatherers Affect the Evolution of Human Social Behaviors?" 「先祖の狩猟採集民の間の戦ひは、人間の社会的行動の進化に影響を与へるか」といふ Samuel Bowles 氏の論文が載つてゐる(Vol…

自由意思は幻か

2009年5月14日号の"Nature"誌に、Martin Heisenberg といふ生物学者が、「自由意思は幻か」といふ題のエセーを書いてゐる(p.164-165)。最近の神経科学の成果を元に、自由意思に否定的な議論が出てゐるが、かうした議論を否定した文章だ。 その論拠と…

見るといふこと

2008年11月20日号の"Nature"誌に、「海生動物プランクトンの走光性の仕組み」(Mechanism of phototaxis in marine zooplankton)といふ論文が載つてゐる(p.395)。動物の眼で最も単純な「眼点」は、1個の光受容体細胞と1個の遮光性色素細胞といふ2個の細胞から…

遺伝子で何が決まるか

Nature 誌2008年11月20日号に、"Beneath the surface" といふ記事が出てゐる。日本語の抄訳版から、興味深い点を引用しよう。 多くの生物学者は、意識的かどうかはさておき、生体システムを最適状態に調整されたものとして考える傾向がある。ある種…

ミリッチ・チャペック『現代物理学の哲学的影響』

Milic Capek(1909-1997) の"The Philisophical Impact of Contemporary Physics"(1961)を読む。大変におもしろい本だ。日本語の翻訳は出てゐないやうだが、日本でももつと知られてよい本だと思ふ。一言で言へば、相対性理論と量子力学によつて、古典力学の基…

進化論の年

2009年は、ダーウィン(1809-1882)生誕200周年、『種の起源』出版150周年に当たり、科学雑誌などでも特集が組まれてゐる。進化論といふのは、非常に強力な理論で、その適用範囲も幅広い。例へば、アラン(1868-1951)は、1908年9月1日付のプロ…

進化論と共生

12月8日付け産經新聞のコラム「知の先端」で、大阪大学大学院の四方(よも)哲也教授が紹介されてゐる。「進化論の前提とされてきた適者生存の考えに、独自の「進化実験」で見直しを迫った」人だ。記事の一部を引用する。 生物間の相互作用(相性)が共存…

人工知能は可能か

8月14日号の Nature 誌に、Andrew Hodgesによる、Ernest Nagel & James R. Newman "Gödel's Proof"の書評が載つてゐる。In Retrospect と題された、新刊ではなく、以前に刊行された名著を紹介する欄だ。この本は、ゲーデルの不完全性定理について解説した…

Kauffman と Bergson

前回は、「当然のことながら、Kauffman は、ベルクソンではないことが分かる。」と書いたが、それは、一つには、カウフマンが、自然の創造性そのものを「神」と呼ぶことが、ベルクソンの立場とは異なると感じたからであつた。ベルクソンの神は、信仰の対象と…