心と身体

Into the gray zone

Adrian Owenといふ人が書いた"Into the gray zone" といふ本を読んだ。この本に辿り着いたのは、渡辺正峰氏の『脳の意識 機械の意識』にあつた田嶋達裕(たじまさとひろ)氏についての記述からだ。田嶋氏は前途を嘱望されていた若手研究者だが、最近、事故で亡…

幸せになる義務

アランが1923年3月16日に書いたプロポ。 不幸せになること、不機嫌になることは難しくない。人が楽しませて呉れるのを待つ王子のやうに座つてゐれば充分だ。幸せを狙ひ、品物のやうにその重さを計らうとする目付きは、全ての物に退屈の色を投げかける。威厳…

他人の痛み

アランの1923年2月20日のプロポ。 何か小さな事故の後で、医師が諸君の顔の皮膚を縫ふ時、小道具の中には消えさうな勇気を呼び起こすためのラム酒が一瓶ある。ところが、大抵、ラムを一杯飲むのは患者ではなく付き添ひの友人で、自分では気が付かないうちに…

厳しい友と優しい友

アランが1923年2月12日に書いたプロポ。 ジャンセニストは厳しい友で、情け容赦がない。諸君の弱さを見ないで、いつも強いところを打つからだ。これは敬意を表してゐるのだ。まさに諸君が拒否できないことを要求するので、恐ろしい。諸君に自由な人たれと求…

人は頭で考へてゐるか

新年にあたり、アランの1923年1月17日のプロポを載せる。 ホメロスの英雄は頭では考へない。思ひを廻らせるのは何時でも胸と横隔膜の間だ。彼の身体の中では二つの力が働いてゐる。腹は飢ゑ、怖れる。飢ゑには勝てないが、飢ゑの力は予測できる。牛、羊、豚…

意志

アランが書いた1922年5月20日のプロポを読んで、いろいろと考へる。 綱渡りが、張られた網に落ちて球のやうに弾む時には、もう人間でも綱渡りでもなくて、様々な物の一つとして外の力に委ねられてゐる。重力は、絶えず働いて倦むことなく彼を引き続け、技に…

ベルクソンの「意識平面」説 2

Worms 氏は、ベルクソンが取上げた心理学的な問題の例として、先づ、運動機構に書きこまれた習慣的な記憶と、個別の印象を保存する純粋記憶との違ひを取り上げ、『物質と記憶』から次の部分を引用してゐる。 (PUF版原書85ページ、ちくま文庫版105ページ) …

ベルクソンの「意識平面」説 1

ベルクソンの『物質と記憶』は、身体と精神の関係について、記憶(あるいはその欠如としての失語症)といふ現象を取上げて論じた本で、1896年に初版が出た。彼の主張は、その後の神経科学の発展に照らして、何らかの意味を保つてゐるのだらうか。出版100周年…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 5

Fodor is undoubtedly asking the right question: “Why did God ― or natural selection ― make consciousness?” Yet, I would suggest the reason he finds it all so baffling is that he is starting off with completely the wrong premise. For he has…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 4

But you do not need to understand what I have just said to get the message. Creating something that gives the illusion of having weird and wonderful properties need be no great shakes, certainly much easier than creating something that act…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 3

A philosophical term of art may come in useful here. When people perceive, think, believe, and so on, these mental states are called “intentional states”, and whatever it is the particular state is about ― the percept, thought, belief ― is…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 2

Consider what you might want to explain about the experience of looking at this object. Since it is at first sight so surprising and impressive, any one of us who did not know what was going on here might very well innocently ask the (bad)…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 1

「知覚はどこにあるか」と題して書いてきた考へ方を元に、Nicolas Humphrey 氏が意識の問題にどう接近するかについて書いた文章"Getting the Measure of Consciousness"を批判的に読んでみよう。Nicholas Humphery 氏については、"Seeing red"といふ本の感想…

自由意思は幻想か

茂木健一郎氏が、今日の連続ツイートで「自由意思が存在しないという、世界観」について論じてゐる。中国や韓国とのつきあひにおいて相手に過剰な期待をしてはならない、といふ論旨には同意するのだが、次のやうな言ひ方には違和感を覚える。 国としての中国…

「幽体離脱は体感できる」

Nature 誌の日本語版ダイジェストの3月号の表紙に「幽体離脱は体感できる」といふ文字が見える。元の記事は、同誌の2011年12月8日号に載つた"Out-of-body experience: Master of illusion"といふ解説記事だ。錯覚を利用して「体外離脱」を可能にするスウェ…

脳のモデルと「一つであること」

2月23日付けの Nature誌に"Brain in a box"といふ記事が出てゐる(p.456-458)。スイス国立ローザンヌ工科大学(EPFL)の Henry Markram といふ学者の、脳の全体をモデル化しようといふ壮大な計画を紹介してゐるのだが、かうした提案は、どのやうな意味を持つの…

『物質と記憶』に関するベルクソンの注釈 其の二

(前回からのつづき) (中略)(ベルクソンは)光の波動に起因する印象がどれほど圧縮されるかを浮き彫りにする。最も振動の少ない赤でも、1秒間に生じる波動を個別に知覚するためには2万5千年を要することになるからである。もし圧縮度が次第に高くなれ…

『物質と記憶』に関するベルクソンの注釈 其の一

4年前から、Press Universitaire de France 社が、ベルクソンの著作を注釈つきで出し始めた。『物質と記憶』には、参考資料として、ベルクソン自身がこの著作について述べた注釈が付されてゐる。これは、Lachalas といふ人が、Annales de philosophie chrét…

時間や意識が「ある」とは

入不二基義氏の『時間は実在するか』には、実在(reality)といふ概念の意味・側面として、以下の5つが挙げられてゐる。(286-7頁) (1) 本物性:みかけ(仮象)ではない「ほんとうの姿」であるもの (2) 独立性:心の働きに依存しない、それから独立した…

精神医学研究の新しい手法

昨年3月の"Science"誌に、精神医学研究の新しい手段についての記事が出てゐた("The future of psychiatric research: genomes and neural circuits" 26 march 2010 Vol 327 pp 1580-1581)。ゲノム解析と神経回路の分析の二つがそれだ。 ゲノム解析: 解析が…

Sensation と Action

Nicholas Humphrey の"Seeing Red, A Study in Consciousness"の面白い点は、前回書いたもの以外にもある。例へば、生物が外部からの刺激やそれに対する自分の反応がどうなつてゐるかを知るには、身体を動かすための命令信号をモニターするのが簡便であり、…

Sensation と Perception

Nicholas Humphrey の"Seeing Red, A Study in Consciousness"を読む。我々が赤い色のものを見る時に感じるもの(それをこの本では sensation と呼んでゐる)が、どのやうにして出て来るのかを説明することを通じて、意識の問題について考へようとした本だ。…

「無意識の意志」

Science 誌の 2 July 2010 号に、"The Unconscious Will: How the Pursuit of Goals Operates Outside of Conscious Awareness"と題するレビュー記事が出てゐる(pp.47-50)。結論部分だけを簡単に訳してみよう。 このレビューと分析は、目標を追ふために必要…

人間の囀り

アラン(1868-1951)は、人間の精神が身体に閉ぢ込められてゐるといふ考へを否定してゐた。さうした彼の意見が窺はれる1921年7月21日のプロポ。 人間の精神は、考へを入れた箱のやうなもので、そこから人は必要な考へを取り出す、と見るのは便利だ。しばしば他…

トキソプラズマの心への影響

Economist 誌(June 3, 2010)に、トキソプラズマが精神に及ぼす影響について書いた記事"A game of cat and mouse"が出てゐる。トキソプラズマへの感染と、神経症、交通事故、注意の持続時間や新しい事に対する関心、統合失調症などとの間に相関関係があるとい…

宗教の効用

アラン(1868-1951)は、既存の宗教を信じてはゐなかつたが、その効用は認めてゐた。さうした考へが現れてゐる文章の一例。1914年1月31日のプロポ。 これは、白髪の友達から聞いた話で、彼女は田舎に引つ込んで、汚れた子供たちに教理問答書を習はせてゐた。こ…

自分に素直になる、といふこと

最近は余り聞かなくなつたが、「自分に素直に」といふ言葉が流行つたことがある。若い人達は、この言葉で、何を考へてゐたのか。アラン(1868-1951)が、1913年11月17日に書いたプロポを読んでみよう。 もし、蓄音器が、突然、諸君に罵詈雑言を浴びせ始めたら…

親しき仲にも礼儀あり

アラン(1868-1951)が1913年9月10日に書いたプロポを読んでみよう。 ブリュイエールだつたと思ふが、良い結婚といふものはあるが、甘く美(うるは)しい結婚などない、と言つた。私達人間は、これらの偽モラリスト達の沼から抜け出さねばならないだらう。彼ら…

共和国としての私

アラン(1868-1951)が、1910年12月4日付のプロポで、こんなことを書いてゐる。 何かの事故で少しばかり皮や肉を取られると、この私のかけらは、すぐに死んでしまふが、だからと言つて、このかけらが、分けることのできない生命の一部なのだと考へては…

MRI で他人の痛みが分かるか

1月9日付の Science 誌(Vol. 323. no. 5911, p. 195)に、fMRI画像が、裁判の証拠として使はれようとした話が載つてゐる。工場の事故で化学的な火傷を負つた人が、その結果、慢性的な痛みを感じるやうになり、補償を要求した事案で、その弁護士が、痛みを感…