COVID-19の流行の拡大が日本で(今のところ)比較的緩やかな理由

日本の現状

Financial Timesの記事”Coronavirus tracked: the latest figures as the outbreak spreads”

に累計の患者数の推移を国別に示した下の図が出てゐる。

A graphic with no description

欧米諸国が似たやうな線で拡大を続けてゐるのに対して、日本の流行拡大は比較的緩やかであるのが分かる*1シンガポールや香港では更に伸び率が低い。伸び率によつて医療機関にかかる負荷が大きく異なり、高い伸びは患者が多すぎて治療できなくなるといふ医療崩壊を招くので、この差は極めて重要なのだ。なぜ、日本の感染拡大は緩やかなのか。

政府の対応のお陰ではない(残念ながら)

日本政府の対応が良かつた訳ではない。むしろ逆だ。中国からの人の流入を早めに抑へなかつたために、春節の訪日観光客などによつて新型コロナウイルスはかなり早い段階で大量に持ち込まれたと想定される。結果的に良かつたのは、PCR検査を余りしなかつたことだ。それで医療機関に不要な負荷を掛けずに済んだ。しかし、これも言はば怪我の功名で、SARSの経験を踏まえて体制が整備されてゐた韓国に比べて、日本国内の検査能力が低かつたことの結果だ。(ある政府機関が情報の独占を図つたためだ、といふ説もあるが、行政検査といふ枠組みで行つてゐたといふだけで、さうした意図はなかつたのではないかと思ふ。単なる官僚的な対応で、この国のお役人には良くも悪しくもそこまでの狡猾さは無いのではなからうか。)

ダイヤモンド・プリンセス号の対応では、誤りも目立つた。横浜寄港を認める段階で基本的な方針を明確にしなかつたこと、船内の感染管理が不十分だつたこと、それにも係はらず14日の隔離で新規感染はなかつたといふ建前を守るために乗客に公共交通機関での帰宅を認めたことなど。その結果、海外からは船内でウイルスを培養してゐるとの批判を浴び、少数ながら下船客から新たな感染も出た。

気候の違ひ?
Financial Timesでは、香港、シンガポールの感染拡大が小さいのは政府の対応が早く適切だつたから、といふ意見だが、中国との行き来がかなりあり、それほど厳しい措置を採つたとは思はれない東南アジアの国々でも大流行は見られないので、高温多湿な地域では広がりにくいのではないか、とも考へられる。
マスクと手洗ひのお陰?
その他に、日本が欧米諸国と異なるのは、マスクと手洗ひだ。日本では多くの人がマスクを着けてゐる。手洗ひも欧米よりもこまめに行ふ。これが流行拡大の差になつてゐるのではないか。言ふまでもないが、新型コロナウイルスの性質が明らかになつてゐない部分が多いので、以下は全て仮説、あるいは思ひつきに過ぎない。
新型コロナウイルスの感染力が強いことは確かだ。その理由については、遺伝子レベルで専門家の研究が行はれてゐる*2が、現象面では、感染が広がりやすい理由の一つは、症状がそれほど酷くない人が多いことだ。
感染してもほとんど症状が出ない人もあるだらう。だから、知らないうちに感染し、ウイルスをばら撒いてゐる人もかなりゐるに違ひない。誰もが潜在的な感染源なのだ。マスクは感染防止には余り効果がないとされてゐるが、感染者が飛沫をとばさないことで感染拡大を防ぐのには確かな効果がある。だからこそ、咳エチケットが推奨されてゐる。誰もが感染源、といふ状況では、感染防止のために着けてゐるつもりのマスクが、結果的に感染拡大を防いでゐるのではないか。
手洗ひについては、その有効性について専門家の意見は一致してゐる。日本人は言はれたとほりに丁寧にやるのは得意なので、欧米よりも手洗ひが徹底してゐると考へて良いだらう。
これで万全?
では日本の新型コロナウイルス対策は現状のままで良いのか。安心は禁物だ。特に心配されるのは、PCR検査の利用拡大で陽性と判断された人達の扱ひだ。現在の仕組みでは指定医療機関への入院措置が行はれる*3

今後、PCR検査の拡大で感染者数が増大すると、重症ではない感染者の扱ひが問題となる。全員を入院させると、本当に入院治療が必要な重症患者に手が回らなくなるからだ。岩田健太郎氏は、下の記事で、軽症患者が居住できるような「セミ(準)医療機関」があれば理想だと述べてゐる。政府は、かうした検討を始めるべきだらう。

難しいのは措置緩和のタイミング

現在の自粛はかなりの経済的な悪影響を及ぼしてゐるので、いつまでも続けることは不適当だ。感染拡大を抑へながら、学校の臨時休業要請のやうなそもそも根拠があやふやな措置を手始めに、徐々に対策を緩和しなければならない。どうすれば、円滑に平常復帰ができるか、政府と国民の知恵が試されてゐる。

*1:日本の数字については、検査が十分に行はれてゐないのではないかとの議論がある、といふ註がついてゐるが、前回のブログでも書いたように、死者と感染者の比率で見ると、日本が特別な位置にあるわけではない。死者を誤魔化してゐるといふ極端な議論をしない限り、日本の調査数が他国に比べて例外的に低いわけではないと言へる。最新のデータに基づくグラフは下のとほり。

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*2:例へば次のNatureの記事

*3:一般社団法人 日本環境感染学会医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 第2版にある以下の記述参照。

新型コロナウイルス感染症は指定感染症に指定されています。それに伴い、中東呼吸器症候群(MERS )や重症急性呼吸器症候群SARS)と同じ2類感染症と同等の措置が取られます。具体的には患者を診断した医師は直ちに報告義務があり、都道府県知事は患者に入院を勧告し、全国約 400 の指定医療機関への入院措置が行われます。患者には一定期間就業制限の指示を出すことができます。なお、入院中の治療費は公費負担となります。なお、緊急その他やむを得ない場合につき、感染症指定医療機関における感染症病床以外に入院させること、又は感染症指定医療機関以外の医療機関に入院させることが可能となっています。