倍音を再生すれば基音も聞こえる

John Powell 氏の"How Music Works"といふ本を少しづつ読んでゐる。副題は、"The Science and Psychology of Beautiful Sounds, from Beethoven to the Beatles and Beyond"。その中に、倍音があれば基音がなくても、基音が聞こえるといふ話が出てゐる(P.79-80, "Something very odd indeed" )。その部分を簡単に訳してみよう。

 

次の周波数の集まりを見てください。一緒になつて、私達の古い友達で、110Hz の基本周波数を持つA2音になるものです。
  110Hz、220Hz、330Hz、440Hz、550Hz、660Hz、770Hz, 等々
 ご存知のやうに、楽器の音は、波の形の中に、これらの要素が様々な大きさで含まれてゐるのです。要素の混ざり方がどうであらうと、私達の脳は、それを全体の周波数が 110Hz の音として認識します。一番大きな要素音が 330Hz だとしても、全体のパターンが完成するのは、1秒間に110回だけなので、基本周波数は 110Hz です。
 「その話はもう聞いた。ページを稼ごうとしてゐるのか。」といふ声が聞こえさうですが、ご辛抱を。すぐに不思議な話になりますから。
 音色にわづかな貢献をする代はりに、倍音の一つが全く静かであることもあり得ます。例へば、 770Hz が全く欠けてゐても、私達は残りの倍音を、基本周波数 110Hz の音の一部として聴きます。これは、110Hz、220Hz、330Hz 等々を含む家族の長には、110Hz だけが成れるからです。いくつかの倍音がなくても、基本周波数は 110Hz になるでせう。
 さて、不思議なのはここですが、最初の倍音であり、音程の基本となる基音-110Hz-を取り除いても、私達には依然として 110Hz の音が聞こえます。少し気違ひじみてゐますが、全くの真実です。あなたが、220Hz、330Hz、440Hz、550Hz、660Hz、770Hz 等々の音の集まりを聴くと、それは基本周波数 110Hz の音として聞こえるでせう。その音が、この周波数を含んでゐないとしてもです。
 家族の長がゐなくても、残りの要素が集まつた踊りは、1秒間に110回だけ繰返すのです。そこで、基本周波数は 110Hz となるのです。
 気の確かな人の反応は、大抵、この音は 110Hz のAよりも1オクターブ高い音、220Hz の周波数になるはずだ、といふものです。しかし、これは正しくありません。その音の倍音は 220Hz、440Hz、660Hz、880Hz 等々であり、ここには 330Hz、550Hz 等の最初の倍音の一族の奇数のものは含まれません。
 これらの奇数の倍音は、欠けてゐる基音の仲間に含まれてゐるものですから、これらの仲間にできる唯一の「みんな一緒に」は、110Hz なのです。
 この「欠けた基音」は不思議なだけではなく、実は有用なのです。ハイファイのスピーカー(ローファイでもさうですが)の有効な周波数は、その形、大きさ、材質に関係してゐます。以前は、質の高いスピーカーキャビネットには、二つか三つのスピーカーが組み込まれてゐました。高音のために小さく堅いもの、低い周波数のために大きく柔らかいものです。今日では、「欠けた基音」の考へ方を使つて、小さなスピーカーから途方もなく低い音を得ることができます。あなたのスピーカーが 90Hz 未満ではあまり動かないが、あなたは、周波数 55Hz のA1の音をはつきりと聴きたいとしませう。55Hz の倍音(つまり、110Hz、165Hz、220Hz、275Hz)をスピーカーに与へると、基音がなくても、55Hz の音が大きくはつきりと聞こえるでせう。あなたのスピーカーが動く最低の周波数が 110Hz だとしても。驚くではありませんか。
 実際には出てゐない音を、あなたは聞いてゐるのです。不思議な話だと言つたとほりでせう。

 

これが正しいとすれば、倍音をきちんを与へてやれば、基音が低すぎて出せないスピーカーからでも、基音が聞こえるといふことになる。タイムドメインのスピーカーが小型でも、倍音を多く含んだ生楽器の低音をきれいに再生できるのは、この原理によるもののやうだ。