老後の過ごし方

老後の生活に関する渡部昇一(1930-2017)の本を二冊読んだ。義弟が貸してくれたのである。渡部昇一については、やや極端に右寄りの論客といふ印象を持つてゐて、何となく毛嫌ひしてゐた人なのだが、読んでみると同感するところが多かつた。

『知的余生の方法』新潮新書(2010)と『実践・快老生活』PHP新書(2016)の二冊。前者は著者80歳、後者は86歳の時に出された本だ。書かれてゐる内容は、あまり違ひはないのだが、『知的余生の方法』といふ題を付けられると、整理された方法論を期待して読む。しかし中身は自身の経験談が中心で、改めてあれこれ調べて書かれた本ではないので、少し肩透かしを喰つた感じになる。『実践・快老生活』は、最初から「教訓の書ではなく、思うままの一つのレポートなのである」と書かれてゐて、体験談として読むので、同じ中身でもすつと入つて来る気がする。

『知的余生の方法』の目次は以下のとほり。

 はじめに

 第一章 年齢を重ねて学ぶことについて

 第二章 健康と知恵について

 第三章 余生を過ごす場所について

 第四章 時間と財産について

 第五章 読書法と英語力について

 第六章 恋愛と人間関係について

 第七章 余生を極める

 あとがき

『実践・快老生活』では、かうなつてゐる。

 第一章 「歳をとる」とはどういうことか

 第二章 凡人にとって本当の幸福は「家族」である

 第三章 「お金」の賢い殖(ふ)やし方、使い方

 第四章 健康のために大切なこと

 第五章 不滅の「修養」を身につけるために

 第六章 次なる世界を覗(のぞ)く

 あとがき

書かれた時期は6年違つてゐても、老年をどう過ごすかといふ同じ問題を扱つてゐるので、両方に出て来ることも多い。例へば、本多静六(1866-1952)の説いた天引き貯金。また、パスカル(1623-1662)やアレクシス・カレル(1873-1944)を引用しながらの「オカルト」の話、佐藤一斎(1772-1859)の『言志晩録』など。英語学の先生なので、語源から説き起こす話が多いのも共通してゐる。

なるほど、と感心したり、さうなのか、と気づかされた点も多い。例へば

  • 若く死んだ漱石(1867-1916)の小説は詰まらないが漢詩は楽しめること
  • 歳をとっても記憶力は衰えない、といふ渡部氏自身の体験談
  • 高橋是清(1854-1936)が奴隷に売られた話
  • 文法抜きで英語を教えると、少し長い文章や、複雑な文章は絶対に読めるようにはならないこと など。

凡人にとって本当の幸福は「家族」である、といふのも、その通りだと思ふ。「時を失することなく結婚を奨めよ」といふお話は、わが身に切実である。

他方で、相続税廃止の主張とか、キャリア女性への冷たい視線など、自分とは意見が違ふな、と思ふところもある。地方の名家が文化を支へる大きな力であるのは事実だし、子供を産むのが女性にしかできないのも確かだけれど。

年金を貰へる歳になつて読む立場からすれば、渡部氏が老後に大切だとしてゐるお金にしても家族しても、「一日にして成らず」で、今更言はれても困る、といふ気がしないでもない。著者自身が「若い人、あるいは壮年期の人がご自分の老後の生活をイメージするときには何らかのヒントを提供しているかもしれない」(『実践・快老生活』あとがき)と言つてゐるやうに、「若い」人こそ読むべき本だと言ふべきか。

アレクシス・カレルといふ人は知らなかつたけれど、ノーベル生理学・医学賞を受賞した科学者でありながら、渡部氏の言ふ「オカルト」的な主張をしてをり、優生学を主張して物議を醸してもゐる、なかなか興味深い人物である。その本も読んでみようかと思つてゐる。