デカルトとパスカル(I-1 前向きな心)

デカルトパスカルの一致点

思想の体系化の最初に「前向きな心」といふ区分けを設けたが、全ての中心に私がゐて、その私とは私の心だ、といふものの見方は正しいものなのか。科学者の一部には、心は脳の働きに過ぎず、意識は幻に過ぎない、といつた主張も見られる。数値化、客観化できないものは存在しない、といふ考へ方だ。この立場に立てば、私の心が世界の中心だといふのは、戯言に過ぎないだらう。

数値化によつて物事を正確に把握しようといふのは、近代科学の基本的な姿勢で、それを主唱したのがデカルト(1596-1650)だつた。他方で、デカルトは全てを疑ふことから始めて、「我思ふ、故に我あり」といふ疑ふことができない命題にたどり着いた人でもある。デカルトにとつて最も確かなのは自分の考へるといふ力であり、身体ではなく心だつたのだ。

デカルトを「役に立たず不確かだ」と批判したパスカル(1623-1662)も、「人間は考へる葦だ」と述べて、考へることの重要性を認めてゐる。基本的な立場を異にする二人が、考へるといふ心の働きを重んじてゐるのだから、私とは私の心だ、といふ前提で話を進めることも許されるだらう。

小林秀雄デカルト

小林秀雄(1902-1983)の文章にはデカルトの名が何度も出て来るが、デカルトについて詳しく述べてゐるのは、「「テスト氏」の方法」(1939年)と「常識について」(1964年)の二つだ。

「「テスト氏」の方法」は、ポール・ヴァレリー(1871-1945)の「テスト氏」について書かれた文章だが、「多くの批評家が、ヴァレリイをデカルトに比べてゐる。哲學者に對する無關心或は不信用は、ヴァレリイが機會ある毎に示してゐる處だが、デカルトだけは例外である。」といふことで、デカルトにも触れてゐる。

世人の信ずる生活とか生命とかいふ何か意味ありげなものは、ことごとデカルトの精神によつて疑はれ、意味ありげな意味をがれて、物と形と動きとの中に投げ返された。併し彼は動物機械から人間機械に決して移らうとはしなかつた。彼は踏み止まつた。彼の耐へた地點といふものを心に描かうとすると、一本の縄の上で、極度の心の緊張に頼つて身體の平衡を保つてゐる人間の姿の樣なものが眼に浮かぶ。

彼が自分のCogitoをétendueの世界から、驚くべき果斷で引きちぎり、兩者の裸な痛烈な對決に、恐らくほんたうの生活の極意を見たといふ事、兩者の曖昧な妥協や混同を監視する爲に、絶え間なく疑ひの火を燃やしてゐなければならなかつたといふ事、兩者を隔てる淵が深まれば深まるほど、精神は勇氣を得、決意に充ちて、自在に淵の上に架橋したといふ事、これらデカルトの徹底した二元論のはらんでゐた難題は、悉くヴァレリイの方法に承け繼がれた樣に思はれる。(第五次全集 第六巻 544-545頁)

「常識について」は、講演を元にして書かれた文章だが、「「コンモン・センスの哲學」の元祖と言ふ事になると、これは、どうしても百年ばかりさか上つて、デカルトといふ大人物に行き當らねばならぬ。」といふ訳で、文章の半ば以上がデカルトに割かれてゐる。

デカルトは、常識について反省して、常識の定義を見付けたわけでもなければ、この言葉を、哲學の中心部に導入して、常識に關する學説を作り上げたのでもない。常識とは何かと問ふ事は、彼には、常識をどういふ風に働かすのが正しく又有效であるかと問ふ事であつた。たゞ、それだけであつたといふ事、これは餘程大事な事であつた。デカルトは、先づ、常識といふ人間だけに屬する基本的な精神の能力をいつたん信じた以上、私達に與へられる諸事實に對して、この能力を、生活の爲にどう働かせるのが正しいかだけがたゞ一つの重要な問題である、とはつきり考へた。これを離れて、常識の力とは本來何を意味するかとか、事實自體とは何かとか、さういふ問ひ方、言はば質問の爲の質問といふやうなものは、彼の哲學には、絶えて見られない。神の存在といふ形而上學的問題にしても、窮極の問題として、これに迫られてゐるのが明らかである限り、彼はこれを避けはしなかつた。例へば心臟の構造の問題とともに、平氣で、これに取組む。しかし、問題の解決は、問題に對して、自分が自由に使用し得る常識といふ道具の、出來る限り吟味された使用法に、ひとへにかゝつてゐる、と確信してゐたやうに、私には思へます。この常識の使用法、働かせ方が、彼が"méthode"と呼ぶものであり、彼の哲學とは、この使用法メトードそのものである。といふ事は、彼の著作に、仕上げられた知識を讀むより、いやでも生きた人間を感ぜざるを得ないといふ意味でもある。 (第五次全集 第十三巻 82-83頁)

 學業を終へたデカルトが、書物を捨て、世間といふ大きな書物だけを讀まうと決心し、今こそ自分一人で判斷し考へる自由を得たと言ふ時、彼の自己發見は、絶對的な完全なものであつたと考へていけない理由はないでせう。判斷し考へる自己の自由とは、これを完全に知るか、全く知らないか、どちらか一つのものだらう。三分の一ほど知つたといふやうな言葉は、意味を成すまい。そこから「方法的懷疑」と言はれてゐる彼の讀みが始まるのだが、この疑ひは、自分の發見したところを一層明瞭化し、信じたところをいよいよはつきり信ずるといふ目的しか持つてゐない。デカルトは、「方法の話」で、さういふ自分の讀みによる、意識の發展と發明以外の事は、何一つ語つてゐないのだが、自分を主張しようとか、他人を説得しようとかいふ感情の動きは、少しも現れてゐません。この本は、著者が「身の上話イストワール」だと言つてゐるやうに、まさしく自傳なのだが、後世現れたローマン主義文學の發明した自傳的意匠などは、一とかけらも見られない。彼の晩年の努力は、身體の動きに固く結ばれた情念パツシオンの動きを、精神が、どう觀察し、どう監視するかといふ問題に集中されたが、その種子は、既にこゝに見られると言つてよい。自ら現れて來るのは自分一人で考へる人の、男らしい明るい歡びの感情だけだ。 (同 90頁)

近代的自我の發見者デカルトといふやうな、解つたやうな解らないやうな言葉を弄してゐるよりも、この自我發見者には、自我といふやうな言葉につまづいたことはいつぺんもなかつた、彼が、實際に行使したものは、今日では、もう大變わかりにくゝなつて了つた、非凡な無私といふものであつた事を、とくと考へる方が有益であると私は思ふのです。 (同108頁)

「方法の話」といふのは、『方法序説』のことで、小林秀雄が言つてゐるやうに自伝的な書物なので、哲学的な議論に関心の無い人でも、興味を持つて読めるのではないだらうか。

岩波文庫版は、電子書籍(Kindle)も出てゐる。

山田弘明といふ人の、日本におけるデカルト哲学の受容 1836-1950といふ論文は、題名のとほり、日本でデカルト哲学がどのやうに受け入れられたかを詳しく調べたものだが、「歴史的に見れば日本人の好みはスピノザ、カント、ヘーゲルに集中しており、とくにデカルトを受容しなくても不都合はなかったようにも見える。」と書かれてゐる。デカルトの哲学は、「常識的」なものなので、研究材料とするには面白みに欠けるのかも知れない。

小林秀雄パスカル

小林秀雄パスカルにもしばしば言及してゐるが、パスカルについて書かれた一番長い文章は、「パスカルの「パンセ」について」(1941年)である。短い断章を連ねたやうな文章だが、その最初に、次のやうな一節がある。

人間は考へる葦だ、といふ言葉は、あまり有名になり過ぎた。氣の利いた洒落だと思つたからである。或る者は、人間は考へるが、自然の力の前では葦の樣に弱いものだ、といふ意味にとつた。或る者は、人間は、自然の威力には葦の樣に一とたまりもないものだが、考へる力がある、と受取つた。どちらにしても洒落を出ない。

パスカルは、人間はあたか脆弱ぜいじやくな葦が考へる樣に考へねばならぬと言つたのである。人間に考へるといふ能力があるお蔭で、人間が葦でなくなる筈はない。從つて、考へを進めて行くにつれて、人間がだんだん葦でなくなつて來る樣な氣がしてくる、さういふ考へ方は、全く不正であり、愚鈍である、パスカルはさう言つたのだ。さう受取られてゐさへすれば、あんなに有名な言葉となるのは難しかつたであらう。 (第五次全集 第七巻 265-266頁)

小林秀雄一流の語り口だが、ともかく、パスカルの言葉をもう一度読んでみることは、無駄ではないだらう。

人間は一茎の葦に過ぎない。自然の中で最も弱いものだ。しかし、それは考へる葦だ。これを押しつぶすのに宇宙は全身で武装するまでもない。殺すには、一吹きの蒸気、一滴の水で足りる。だが、宇宙が人間を押しつぶしたとしても、人間は彼を殺すものよりもなほ気高いだらう。何故なら、彼は自分が死ぬことを、そして宇宙の持つ優位を知つてゐるからだ。他方、宇宙は、これらについて何ら知ることがない。従つて私達の尊さの全ては考へることにある。立ち上がるべきなのは、そこからだ。私達が満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考へるやうに努めよう。それが人のみちの原理だ。 (Branschvicg版 347節 拙訳)

人間の尊さは考へることにある、といふことがはつきりと述べられてゐる。しかし、小林秀雄が言ふやうに、考へることで人間を葦でなくなる訳ではない。

「無限に比べれば虚無、虚無に比べれば一切、無と一切との中間物」、「僕等は何も確實には知り得ないが、又、全く無智でもあり得ない。僕等は、渺茫べうばうたる中間に漂つてゐる」。これが、パスカルの見た疑ひ樣のない「人間の眞實な状態」であり、人生はさういふシステムとして理解されなければ、それは誤解であり、さういふ實在として知覺されなければ、錯覺である。僕は、パスカルを獨斷家とも懷疑派とも思はない。彼は、及び難く正直であり大膽であるに過ぎない。 (第五次全集 第七巻 271頁)

『パンセ』には、「自分とは何か」といふ文章があり、小林秀雄は「僕は、「パンセ」の中でも名文だと思つてゐる。あゝいふ單純で深い味ひを持つた文章は、僕を本當に驚かす。」と書いてゐる。

パスカルは、「自分」といふ樣なものは、人間の美貌にも才能にもない、肉體のなかにも魂のなかにもない所以ゆゑんを簡明直截ちよくせつに分析して見せて、突然、次の樣な結論に飛び移る。

「だから、たゞ官位や職務の故に尊敬されてゐる人々も輕蔑してはいけない。總て人が他人を愛するのは、相手にいろいろ借り物の性質があればこそだ」。結論まで來たら讀者は冒頭の文句に戻るがよい。「或る人が窓にもたれて通行人を眺めてゐる。私がそこを通りかゝる。彼は私を見るために、其處にゐるのだと言へるだらうか。否。」 (同 268頁)

自分といふやうなものが魂のなかにもない、といふのは、魂の性質である判断力や記憶力が失はれると、私の判断力を愛してゐた人は、愛さなくなるだらうからだ。しかし、私が私でなくなる訳ではない。

パスカルの「パンセ」について」は、次のやうな文章で締めくくられてゐる。

神が現れた。こゝで、僕は「パンセ」の中で一番奥の方にある思想に出會ふ。

「人は、神が或る人々は盲にし、或る人々の眼は開けたといふ事を、原則として認めない限り、神の業について何事も解らぬ」

その通りである。僕等は、さういふ神しか信ずる事が出來ないからだ。盲であらうが、目明きであらうが、努力しようが、努力しまいが、嚴然として、僕等に君臨する樣な眞理を、僕等は理解する事は出來るが、信ずる事は出來ないからだ。何故なら、それは半眞理に過ぎないとパスカルは考へたからである。 (同 274頁)

 『パンセ』は『方法序説』ほど一般に薦められる本ではないかも知れない。

岩波文庫の『パンセ』は詳しい注釈も付いた三冊の大作になつてゐる。簡単に読みたい人には、中公文庫プレミアム版が便利だらう。