民主主義についてのチャーチルの言葉

「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、過去の他のすべての政治形態を除いては。」といふのは、ウィンストン・チャーチル(1874-1965)の言葉としてよく知られてゐる。しかし、調べて見ると、これは元々チャーチル自身の言葉ではないやうだ。

この言葉が出て来るのは、1947年の議会での演説だ。その原文はこのサイトで読むことができる。(かうした文章を簡単に見つけることができるのはWWWの素晴らしさだと改めて思ふ。)その部分は次のやうになつてゐる。

Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of Government except all those other forms that have been tried from time to time; but there is the broad feeling in our country that the people should rule, continuously rule, and that public opinion, expressed by all constitutional means, should shape, guide, and control the actions of Ministers who are their servants and not their masters.

拙いながら訳してみる。

数多くの政府の形が試されてきました。この罪と災ひの世界では、これからも試されるでせう。民主主義が完璧で全知全能だと言ひ張る者は一人もゐません。実際、「民主主義は政府の最悪の形だ、時折試された他の全ての形を除けば」と言はれて来ました。しかし、私達の国では、かういふ気持ちが一般的です。人々が統治すべきだ、継続的に統治すべきだ、そして、合憲的なあらゆる方法で表明された世論が、閣僚の行動を形作り、導き、監督すべきだ、閣僚は人々の使用人であり主人ではない、さういふ気持ちです。

これを読む限り、チャーチルは「最悪の形」の部分を、他の人の言葉として取り上げてゐる。この理解は、Richard Langworth氏の記事でも裏付けられる。元の言葉を誰が言つたかは不明のやうだ。チャーチルらしい皮肉な言ひ方で民主主義を擁護した言葉といふ理解が一般的だと思ふが、さうではなかつたのだ。

しかし、元々誰の言葉かといふ問題はさて置き、チャーチルが民主主義を肯定してゐることは確かだと見える。演説の引用した部分でも、人々が主で、閣僚は僕(しもべ)だといふ明確な立場が述べられてゐる。

ところが、この演説の背景を考へると、さう単純な話でもないらしい。Lobelogの記事に依れば、チャーチルの演説の目的は、民主主義についての理念を述べることではなく、当時の議会で懸案となつてゐた上院の権限を弱める法案に反対することが主な狙ひだつた、といふのだ。

歴史的な事実といふのは、名句の由来といふ比較的簡単なことでも、確かめるのが難しいのがよく分かる。世の中に流布してゐる話の多くは、誤りではないとしても、部分的であつたり、単純化されてゐたりするのが普通だ。さうした「情報」だけを信じてゐると、大きな誤りを犯すことになる。忙しい時代だからこそ、時には自ら原典にあたり、背景を調べ、簡単な要約を鵜吞みにしないといふ姿勢を大切にしたい。