平和を愛する心は戦争を防ぐか

アラン(1868-1951)が第一次世界大戦の前に書いたプロポを読んでみよう。(1912年11月8日)

 

大半の人々は、平和を愛する。恐れからといふよりも、秩序と平静を好むからだ。この好みが自然なものでなかつたとしたら、人間が動物や諸物に君臨することは説明できなかつただらう。戦争は至る所にあると主張し、証拠として怒り、暴力、憎しみ、敵対関係、策略を持ちだす人の議論は、的を外してゐる。盗人、遊び人、要するに自分を世界の中心と考へて、全てを自分に引き寄せようとする人間ほど、戦ふ動物として、役に立たないものはないからだ。そんな人間は、良い皇帝には成れるかも知れないが、悪しき兵士であることは確かである。戦争は、一つの神話、叙事詩、青春、酔ひ、狂気であるが、決して自己愛の反応ではない。これは明らかだ。だから、全ての情念は、裁判所や警察が出てくるやうな、犯罪的なものであれ、戦争とは無縁である。一番良く戦ふのは、正しい人達、賢明な人達、そして詩人である。つまり、人間の最良の属性がそこに見られる。動物の世界に、戦争は無い。平和も無い。蟻は例外としよう。だが、蟻は協力といふ美徳を、つまり平和の美徳を示すことは、認めて貰ひたい。逆に、弱さと平和とには、遠い関係しかない。凶暴さと戦争との関係も、同様に遠い。

従つて、人が、大半の人々は平和を愛する、と言ふ時、戦争を忌み嫌つてゐると言つたことにはならない。人々が戦争を望んてゐないのは間違ひないし、拒絶してゐるとも言へるだらう。しかし、大事件により戦争に投げ込まれることとなると、戦ふ用意があることには変はりがない。戦争は服従がなければ始まらず、服従は平和の美徳である。戦争は、人々が自分自身以外のものを心から愛さなければ、長続きはしない。ところで、平和の基礎となるのも、この自然な詩情なのだ。多くの欲しいものを、いつでも諦める、といふ気持ちがなければ、秩序は保てない。それが出来ない者は、盗人であり、すでに人殺しである。それに、兵士としても役立たずなのは、上に書いたとほりだ。

だから、戦争の最も激しい反対者の裡にも、戦争があり、いつでも戦争があることは、簡単に示すことができる。そして、もつと穏やかな行ひと、より正しい心があれば、自然に戦争は遠ざけられるだらう、と考へるのは、恐らく、致命的な誤りだらう。人々が社会的であればあるほど、好戦的になる。平和主義者よ、君は、明日、戦ふだらう。もし野心家が、外交官が、自由に彼等の憎むべき働きを為すとすれば。それ故に、全ては、公的な権力に掛かつてゐる。実際、公的権力が、その王のやうな権利に、最も執着するのは、この点においてである。神秘的で、閉ざされをり、機密となつてゐる。平和主義者が全ての努力を向けるべきなのも、ここだ。統治者達の悪徳や情念には、人間の力の最も純粋で高貴なものを、殺戮へと駆り立てる、恐ろしい力があるからだ。ヴォーヴナルグの明晰な言葉を、もう一度、引かう。「悪徳が戦争を助長し、美徳が戦ふ。」

 

度重なる戦火を経験してきた欧州の賢人の眼は、鋭い。ここには、美徳が戦争を支へてゐる、といふ人間の世界の逆説的な事実が語られてゐる。戦争をする人たちは、国のための命を捨てる愛国者なのか、内外の多くの人々を苦しめる悪人なのか、といふ問ひが難問である所以だ。

 

これは、ベルクソン(1859-1941)が『道徳と宗教の二源泉』で示した「閉ざされた社会」と同じ考へ方だと言へるだらう。ベルクソンは、閉ざされた社会を全世界にまで広げることは不可能であり、平和を齎すには、聖者の呼びかけに従つて開かれた社会を創造する必要がある、と説いたのだが、アランは、権力の監視が、戦争回避の道だと主張する。

 

これを書いてから2年もしないうちに、第一次大戦が始まり、46歳になつてゐたアランは、志願して戦場へと赴くことになる。