抗生物質の本来の役割

6月26日付の Science 誌に、"Antibiotics in Nature: Beyond Biological Warfare" といふ記事が出てゐる。抗生物質は、カビや放線菌などが作る物質で、他の微生物を抑制する作用を持つものを指し、ペニシリンストレプトマイシンなどが有名だが、最近15年ほどの研究で、元々は、微生物間や細胞間での情報交換の手段であるらしいことが分つて来た、といふ趣旨の解説記事である。

この新しい説によれば、抗生物質は、普通に考へられてゐるやうな、細菌が他の細菌を攻撃する手段ではなく、逆に、細菌の成長に不可欠な要素である、といふ。コペルニクス的な発想の転換で、かう考へると、数多くの細菌の中で、純粋培養可能なのは全体の1%に満たない、といふ事実も説明できるのださうだ。助け合つてこそ、生きていけるので、単独で増殖できる菌は少数派なのである。

毒を薄めれば薬になり、薬も大量に摂取すると毒になる場合があるが、抗生物質も、さうした例であり、元々は細菌同士の共生に不可欠な物質だが、純粋培養で濃度を高めると、他の菌の成長を阻害するやうになる、といふ訳だ。

同じ物質でも、その濃度や置かれた環境によつて、他の生物に対する働きが異なる。生物の世界では、よく見られる現象だが、要素還元主義的な考へ方では説明ができないものだ。純粋培養、といふのは、細菌の本質、根本的な性質を見出すための手段だと考へられがちだが、さうすることで、自然の中における細菌の在り方とは全く異なる状態を観察する事になつて仕舞ふのだ。細菌に於いて然り。況や人間に於いてをや。