明日の医療

13日の朝日新聞土曜版 be on Saturday Business の「フロントランナー」欄に、JA長野厚生連 佐久総合病院の医師、色平哲郎(いろひらてつろう48歳)氏が紹介されてゐる。次のやうな人だ。

医療を現場から再生しようと奮闘する医師がいる。長寿と低医療費を両立させた「長野モデル」に医の原点があると説く。山村の最前線で「権威を捨て、地域で患者と向き合おう」と若い医学生に呼びかけている。

このやうな立派なお医者さんがゐるのだとすれば、日本もまだまだ捨てたものではない、といふ気がする。記事で紹介されてゐる氏の言葉には、経験に基づいた力がある。

-「長野モデル」
医師であっても高給を求めず、「誰もが受けられる医療」を目標に「予防は治療に勝る」を愚直に実践した。その成果が低コストの長野県なのです。

-「ゼロ次医療」
保健士介護士と連携して取り組む地域での包括的ケアです。政府もここに人材を大量につぎ込んでほしい。

-医療制度と市場原理
なぜ医者になるのか考えないまま、受験戦争を勝ち抜き、患者をたんぱく質の塊のように見るのでは、血の通った医療にならない。医療制度を市場原理で動かそうとすれば、もうからない診療やリスクを伴う仕事から医師は離れ、楽してもうける医療へと流れてしまう。産婦人科や小児科の不足はそうして起きた。利潤動機に委ねれば、医療はゆがむばかりです。

-村医者
レイテ島でバブさんに会い、人の面倒をみるという人間の本源的な行為に気付きました。どんなに優秀でも一人では生きられない。人は支え合って生きてゆくものだと。そこに医者の役割も見えてきました。

-農村医科大学の構想
医師不足は深刻です。日本は人口1千人あたりの医師が2人で、先進国である経済協力開発機構OECD)30カ国の27番目です。大学の医局が人事権を握り、病院はお願いして医師を派遣してもらっていた。地域で働く医師を自前で育てようという動きは当然のことです。

医学生の教育
医療改革は制度をいじるだけでは果たせません。遠周りでも人づくりから始めないと。成績が良い学生でも、どうやって日本が豊かになったか知らない。途上国がどんな現状かも実感がわかない。ぶつかったり、挫折したり、失ったりしないと自分が恵まれていることさえ気づかない。医への情熱や優しさは社会を知ることからわいてくる。

とは言へ、現実には、全ての医者に高給を諦めろといふのは難しいし、一定水準以上の給料を手にできなければ、大多数の医学部の学費が数千万円に上る現状では、余程の金持ちしか医者にはなれなくなる。人づくりの重要性は否定しないが、個人の善意に頼るだけではなく、国としての政策も必要だらう。医者の育成に多額の費用が必要なのであれば、ある程度の公的資金を投ずるべきだ。その代はりに、医師には、開業医でも月に何日かは病院で勤務するなどの義務を課してはどうだらうか。

医療制度を市場原理で動かすと医療はゆがむばかりだ、といふのは正しいが、医療サービスの価格である診療報酬は政府が決めてをり、普通の市場とは違つて、すでに政府が深く関与してゐる分野なのだ。問題は、その関与の在り方が、高齢化などの環境変化に応じた適切なものになつてゐるかだ。国全体の仕組みを変へるのには時間がかかるので、長野のやうな良い例にならつて、他の地方も頑張つて欲しい。

色平医師が好きだといふ詩人、玉井袈裟男「風のノート」は、初めて知つたが、心に残る詩だ。
 風は遠くから理想を含んでやってくるもの
 土はそこにあって生命を生み出し育むもの
 君が風性の人ならば土を求めて吹く風になれ

バングラデシュ出身の医師スマナ・バルア(愛称バブ)さんと色平医師の二人の合言葉だといふ「金持ちより心持ち」も、おもしろい。