ADHDと漂泊の詩人

Economist 誌の科学技術欄に、ADHDと遺伝の話が出てゐる。Attention Deficit / Hyperactivity Disorder 注意欠陥・多動性障害は、落ち着きが無く、じつと座つて人の話を聞くことが苦手であるといつた特徴を示す障害で、学校では「困つた子供」になる場合が多い。同誌によれば、約6割で、成人になつても症状が残るといふ。社会にうまく適応できず、薬物中毒になりやすい。基本的には、遺伝により生ずる障害で、育て方の問題ではない。脳内の神経伝達物質、特にドーパミンの働きが異なることで生じるとの説が提唱されてゐる。

 

この遺伝が、現代の生活に不向きな形質をもたらすのだとすれば、なぜ、このやうな遺伝子が今でも残つてゐるか。一つの仮説は、これが遊牧生活には適した遺伝子であり、人が定住を始めてから余り時間がたつてゐないので、まだ、残つてゐるのだといふものだ。イリノイ州の Northwestern 大学の Dan Eisenberg 氏等は、ケニアの Ariaal と呼ばれる遊牧民で、この仮説を試した。DRD4と呼ばれる蛋白質の7R型の受容体に注目し、これが、放牧を続けるグループでは比率が高く、定住化したグループでは低いことを見出した。

 

この話を読んで、漂泊の詩人といふ人種は、多くがADHDではないかと疑つた。ランボーなぞ、その典型ではないか。誤解のないやうに付け加へれば、全ての詩人がADHDであるわけではないし、逆にADHDであれば誰もが詩人になれるわけでもない。ADHDであつたか否かはともかく、ランボーにとつては、母音に色が見えるやうな特異な資質をもつて生まれた事実を、受け止めて生きるしかなかつたのだ。この生まれつきをどう生きるかの部分に、人間としての価値の違ひが出てくるのだ。ちなみに、音を聞いて色が見えるやうに、ある種の感覚的刺激に対して、別の感覚器官も反応する現象は、共感覚(synesthesia)と呼ばれる現象で、これについても脳神経学的な研究が進んでゐる。

 

ADHDが遺伝によるものであり、遊牧生活の名残だと考へられるといふ事実は、この「障害」に新しい光を当てるとともに、我々の住む現代の社会の持つ性質を浮かび上がらせるやうにも思はれる。

 

ADHDについては、下記のサイトに多くの情報が載せられてゐる。
https://adhd.co.jp/