聖夜

クリスマスイブに、アランが1922年12月20日に書いた文章を載せて置く。 クリスマスの夜、私達は何かを乗り越えるやう促される。この祭は決して諦めの祭ではない。緑の樹の明かりはどれも地上を支配する夜への挑戦であり、揺籠の幼な子は私達の真新しい希望を…

木田元(1928-2014)

木田元さんが亡くなつた。現代に生きる哲学者として、最も信頼すべき人の一人だつた。 哲学者でありながら『反哲学』などといふ題の本を出すところが、いかにも木田さんらしい。しかも極めて真面目な発言なのだ。 人生観とか世界観とか道徳思想とか宗教思想…

意志

アランが書いた1922年5月20日のプロポを読んで、いろいろと考へる。 綱渡りが、張られた網に落ちて球のやうに弾む時には、もう人間でも綱渡りでもなくて、様々な物の一つとして外の力に委ねられてゐる。重力は、絶えず働いて倦むことなく彼を引き続け、技に…

政治を学ぶ

アランが1921年12月15日に以下の文章を書いてゐる。 誰も親を選んではゐないし、よく見れば友達さへも選んだのではない。選んで背が高く或いは低くなつたのではないし、金髪や茶色の髪になつたのでもない。事実を受け入れて、そこから活動しなければならない…

国の記憶

個人の記憶は自然に残るが、国の記憶は、世代が変はると消えて仕舞ふ。この自然の流れに反して国の記憶を残すためには、意識的な努力を続けることが必要だ。教育が、その基本的な手段となる。 日本の場合、幾つかの理由でこの国の記憶を保つ仕組みが揺らいで…

「慰安婦」問題とは何だったのか

大沼保昭氏の『「慰安婦」問題とは何だったのか』を読む。慰安婦の問題が、また騒がしくなつてゐるので、一度勉強をしようと思つて読んだのだが、痛感したのは、この問題が今も生きてゐて、日々新しい歴史が作られてゐる、といふことだつた。本の題名は「何…

建前と理念

橋下徹大阪市長の従軍慰安婦を巡る発言が話題になつてゐる。ツイッターで橋下氏の発言を読んでゐると、建前と理念との違ひが理解されてゐないことを痛感する。この点を明確にしない限り、日本が世界の一等国になることは無理だらう。また、自国の過去の行ひ…

少数性生物学

「Natureダイジェスト」2013年3月号に、「少数性生物学」の研究を進める大阪大学産業科学研究所教授、永井健治氏の話が載つてゐる。「細胞内の反応は、生化学にのっとっている。分子であればアボガドロ数(10の23乗個)を基準にした濃度で表し、溶液中で…

ベルクソンの「意識平面」説 2

Worms 氏は、ベルクソンが取上げた心理学的な問題の例として、先づ、運動機構に書きこまれた習慣的な記憶と、個別の印象を保存する純粋記憶との違ひを取り上げ、『物質と記憶』から次の部分を引用してゐる。 (PUF版原書85ページ、ちくま文庫版105ページ) …

ベルクソンの「意識平面」説 1

ベルクソンの『物質と記憶』は、身体と精神の関係について、記憶(あるいはその欠如としての失語症)といふ現象を取上げて論じた本で、1896年に初版が出た。彼の主張は、その後の神経科学の発展に照らして、何らかの意味を保つてゐるのだらうか。出版100周年…

丸谷才一(1925-2012)

丸谷才一氏が亡くなつた。そもそも余り小説を読まないこともあつて、氏の小説の良い読者ではなかつたが、その評論からは多くのことを学んだ。 最初に丸谷才一といふ人に注目したのは、1980年代前半に文藝春秋に連載されてゐた鼎談書評を読んだ時だ。丸谷…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 5

Fodor is undoubtedly asking the right question: “Why did God ― or natural selection ― make consciousness?” Yet, I would suggest the reason he finds it all so baffling is that he is starting off with completely the wrong premise. For he has…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 4

But you do not need to understand what I have just said to get the message. Creating something that gives the illusion of having weird and wonderful properties need be no great shakes, certainly much easier than creating something that act…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 3

A philosophical term of art may come in useful here. When people perceive, think, believe, and so on, these mental states are called “intentional states”, and whatever it is the particular state is about ― the percept, thought, belief ― is…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 2

Consider what you might want to explain about the experience of looking at this object. Since it is at first sight so surprising and impressive, any one of us who did not know what was going on here might very well innocently ask the (bad)…

Nicolas Humphrey 氏の主張を読む 1

「知覚はどこにあるか」と題して書いてきた考へ方を元に、Nicolas Humphrey 氏が意識の問題にどう接近するかについて書いた文章"Getting the Measure of Consciousness"を批判的に読んでみよう。Nicholas Humphery 氏については、"Seeing red"といふ本の感想…

自由意思は幻想か

茂木健一郎氏が、今日の連続ツイートで「自由意思が存在しないという、世界観」について論じてゐる。中国や韓国とのつきあひにおいて相手に過剰な期待をしてはならない、といふ論旨には同意するのだが、次のやうな言ひ方には違和感を覚える。 国としての中国…

なでしこ讚

ロンドンオリンピックでのサッカー日本女子チームの活躍については、既に多くが語られてゐるので、今更の感は否めないが、やはり一言言ひたくなつたので、書いておく。 サッカー女子の決勝戦は日本時間の8月10日(金)の午前3時45分に始まり5時32分…

知覚はどこにあるか 3

1.知覚の投射といふ考へ方の限界について 知覚(今考へてゐる例では視覚)が脳内で生まれる現象だとすると、眼に見えてゐる世界の姿は、脳内から外部に投射されてゐると考へざるを得ない。すると、何故、これ程に形や色彩の変化に富んだ姿が生み出されるの…

知覚はどこにあるか 2

1.知覚には脳以外の身体の状態も重要な役割を果たしてゐる。 知覚において脳が大きな役割を果たしてゐることは確かだが、全てが脳の中にあるといふ考へ方、あるいは言ひ方には、弊害が多い。その一つが、脳以外の身体の役割を見失ふことだ。例へば、頭を回…

知覚はどこにあるか

科学者には、知覚は脳内の現象であり、例へば私の見てゐる茶碗は目の前の卓の上にあるのではなく、私の脳の中にある、と主張する人がゐる。しかし、これは誤りだと思はれる。この誤つた前提から、「脳内の現象から、何故、どうやつて色彩豊かな世界が構築さ…

倫理的な正しさ

倫理的な正しさは、どうすれば分かるか。 前回、「正しいとは、現実に即してゐること、規則に従つてゐることだ。」と書いた。倫理的な正しさの問題は、現実に即してゐるか否かではなく、決められた規則に従つてゐるかどうかである。殺すなかれ、盗むなかれ、…

正しいとは

物事の正しさはどうすれば分かるか。 正しいとは、現実に即してゐること、規則に従つてゐることだ。自然科学的な正しさと倫理的な正しさの二つを区別して考へるのが良いだらう。 先づ、前者について考へよう。例へば、地動説の正しさは、どうすれば分かるか…

「ある」といふこと

「ある」とはどういふことか。 世の中に確かにあるものは何だらうか。例へば、眼の前の石。躓けば痛いし、投げれば窓ガラスが割れる。しかし、石は原子の集合体に過ぎないので、本当にあるのは原子なのではないか。その証拠に、石の形はやがて崩れるが、原子…

日本衰退の原因 2

<教育の問題> 前回述べたやうな日本における社会的な教養の欠如は、学校教育が不適切であることが最大の要因だらう。教へるべきことを教へてゐないのだ。社会科について言へば、出来あがつた制度については教へても、その制度の持つ意味や他の制度との比較な…

日本衰退の原因

<日本文化の構造問題> 最近は、日本の現状を憂ふ声が高く、戦後の教育に問題があつたといふ点を指摘する識者が多い。占領軍に押し付けられた憲法が悪い、日教組がいけない、戦後の親の家庭教育が酷すぎる等々と他人の悪口ばかり言つてゐても改善は望めまい…

「「適職」は幻想である」

今日の朝日新聞の求人欄に内田樹氏の「「適職」は幻想である」といふ文章が載つてゐる。一部を引用してみよう。 仕事というのは自分で選ぶものではなく、仕事の方から呼ばれるものだと僕は考えています。「天職」のことを英語では「コーリング」とか「ヴォケ…

最強の組合せ

由井啓之さん @Yoshii9 がご推薦の Mac Book Air、BitPerfect、Devilsound DAC の組合せから出る音を、自作改造のタイムドメイン MINI 卵形で聴く。素晴らしいの一言。高級 CD プレーヤーを上回ると言はれる iPod からの音と比べても、音像の大きさ、低音の…

「幽体離脱は体感できる」

Nature 誌の日本語版ダイジェストの3月号の表紙に「幽体離脱は体感できる」といふ文字が見える。元の記事は、同誌の2011年12月8日号に載つた"Out-of-body experience: Master of illusion"といふ解説記事だ。錯覚を利用して「体外離脱」を可能にするスウェ…

脳のモデルと「一つであること」

2月23日付けの Nature誌に"Brain in a box"といふ記事が出てゐる(p.456-458)。スイス国立ローザンヌ工科大学(EPFL)の Henry Markram といふ学者の、脳の全体をモデル化しようといふ壮大な計画を紹介してゐるのだが、かうした提案は、どのやうな意味を持つの…